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【王との謁見】

王都の城門へ近づくにつれて、街道を行き交う人々の数はさらに増えていった。


荷を積んだ馬車、旅装の商人、鎧を着た兵士、行商人らしき者たちが次々と門を通り抜けていく。その誰もが、王都の騎士団に守られた黒塗りの馬車を目で追っていた。


「……やっぱり、ここでも目立ってるね」


アリアが窓の外を見ながら呟くと、ルミシェナは隣で姿勢を正したまま答える。


「王城の馬車ですから。注目を集めるのは避けられないかと」


「だよね……」


アリアは苦笑しながらも、近づいてくる城壁の大きさに圧倒されていた。


セレミリアの街も十分に広かったが、王都レグナベルは比べものにならない。城壁は見上げるほど高く、厚い石を積み上げた門には王国の紋章が大きく刻まれている。門前に立つ兵士たちも整然としていて、王都を守る者としての誇りがその佇まいに表れていた。


馬車が門の前で止まると、クラウスが窓越しに短く声をかけた。


「陛下の命により、アリア殿をお連れした。開門せよ」


門兵はクラウスの姿を確認すると、すぐに兵たちへ合図を送った。


「はっ。お通りください」


重い門の奥へ馬車が進むと、アリアの視界に王都の街並みが飛び込んできた。


広い大通りの両側には石造りの建物が並び、商店の軒先には色とりどりの布や看板が掲げられている。遠くからでも人々の声が響き、香辛料や焼き菓子の匂いが風に混じって流れてきた。


けれど馬車は賑わう通りへ長く留まることなく、中央にそびえる王城へ向かって進んでいく。


王城は、街のどこからでも見えるほど大きかった。


白い石で築かれた城壁と塔は夕陽を受けて淡く輝き、尖塔の上では王国旗が風を受けてはためいている。その光景は美しいというよりも、近づく者へ重みを突きつけてくるようだった。


「……本当に、王城なんだ」


アリアが思わず呟くと、クラウスが穏やかに頷いた。


「はい。陛下はすでにお待ちです」


その言葉に、アリアの胸がきゅっと強張る。


王に会う。


頭では分かっていたはずなのに、王城を目の前にすると現実味が増してくる。


セレミリアで冒険者になった自分が、今は国王の前に立とうとしている。


そう思うだけで、アリアの胸は落ち着かなくなった。


馬車は城門を抜け、敷地の奥へと進んだ。


やがて城の正面で止まると、先に降りた騎士が扉を開ける。クラウスが外へ出てから振り返り、アリアへ手を差し出した。


「足元にお気をつけください」


「ありがとうございます」


アリアは少し緊張しながら馬車を降りた。


続いてルミシェナも降り立ち、すぐにアリアの隣へ並ぶ。王城の兵士たちが左右に整列しているため、ただ歩くだけでも背筋が伸びてしまう。


クラウスは二人を案内しながら、城内へ入った。


高い天井の下には磨き上げられた床が広がり、壁には絵画や古びた剣が整然と飾られていた。


どこを見ても格式があり、アリアは足を踏み入れるだけで場違いな場所へ来てしまったような気がした。


アリアは興味を引かれながらも、落ち着かない気持ちで周囲を見回した。


「主様」


隣からルミシェナが声をかける。


「大丈夫です。歩調は私に合わせてください」


「うん。ありがとう」


ルミシェナの落ち着いた声に、アリアは少しだけ肩の力を抜いた。


城内を進む途中、すれ違う侍女や兵士たちがクラウスに礼をし、その視線がアリアへ向けられる。珍しさと探るような気配が混じっていて、アリアはつい前を向くことに集中した。


やがて一行は、大きな扉の前で足を止めた。


そこに立つ近衛兵がクラウスへ敬礼する。


「クラウス副団長。陛下は謁見の間にてお待ちです」


「分かった」


クラウスは一度振り返り、アリアへ向き直った。


「アリア殿。これより陛下との謁見となります。形式はありますが、過度に気負う必要はありません。問われたことに、貴女自身の言葉で答えていただければ結構です」


「……はい」


「礼は、私が合図いたします」


「分かりました」


アリアが頷くと、ルミシェナも隣で深く頭を下げる。


大扉がゆっくりと開かれた。


謁見の間は、想像していたよりも広かった。


赤い絨毯が奥まで伸び、その両側には騎士や文官らしき者たちが並んでいる。天井からは大きな燭台が下がり、壁際の窓から差し込む光が床に長い影を落としていた。


そして最奥の玉座に、一人の男が座している。


年齢は四十代ほどだろうか。重厚な衣をまとい、王冠を戴いたその人物は、ただそこにいるだけで場の空気を支配していた。


レグナベル王国国王。


エルヴァルド・レグナベル。


アリアはクラウスの後に続き、絨毯の上を進んだ。


玉座の前でクラウスが片膝をつく。


「陛下。アリア・フェルロード殿をお連れいたしました」


アリアも慌てて膝をつこうとしたが、クラウスの動きに合わせる形でどうにか姿勢を整える。隣ではルミシェナが乱れなく頭を垂れていた。


玉座から、低く落ち着いた声が響く。


「顔を上げよ」


クラウスが先に顔を上げたため、アリアもそれに倣った。


エルヴァルド王の視線が、まっすぐアリアへ向けられる。威圧的ではない。だが、軽く受け止められる視線でもなかった。


「そなたがアリア・フェルロードか」


「は、はい。アリア・フェルロードです」


思ったよりも声が硬くなり、アリアは慌てて姿勢を正した。


それでも王は咎めることなく、落ち着いた様子で頷く。


「急な呼び出しにもかかわらず、よく来てくれた。まずは礼を言おう」


王から向けられた言葉に、アリアはすぐには答えられなかった。


だが、エルヴァルド王は表情を崩さず続ける。


「ラゼルム・モルガントの件だ。奴の行いは、王国にとって看過できぬものだった。禁じられた魔物の実験、民を巻き込む危険、そして冒険者たちへの被害。そなたたちが動いてくれなければ、さらに大きな災いとなっていた可能性が高い」


謁見の間に並ぶ文官たちの間から、小さなどよめきが漏れた。


アリアは膝の上で手を握る。


「私は……目の前で危ないことが起きていたから、止めただけです」


「それでも、止めた者がいるという事実は大きい」


王の声には、重みがあった。


「報告では、ゼノグラム・キメラを討ったのはそなたであると聞いている。金章冒険者たちでも苦戦した魔物を、鉄章であったそなたが退けた。しかも、仲間を守るために前へ出たそうだな」


アリアは返答に迷った。


誇れることなのかもしれない。けれど、あの時の自分は必死だった。倒れていく仲間を見て、何も考えられなくなっただけだ。


「……怖かったです」


謁見の間が、わずかに静まり返る。


アリアはそれでも言葉を続けた。


「相手は強くて、みんな傷ついて、私も勝てるか分かりませんでした。でも、逃げたら誰かが死ぬかもしれないと思ったら、動くしかなくて……だから、すごいことをしたつもりはありません」


隣でルミシェナがわずかに顔を上げた。


クラウスも、何かを確かめるようにアリアを見ている。


王はしばらく黙っていた。


その沈黙が長く感じられ、アリアの胸に不安が広がる。


やがて、エルヴァルド王はゆっくりと口を開いた。


「なるほど。クラウスが報告した通りだ」


「え……?」


「功を誇らず、恐れを知らぬわけでもない。それでも守るべきもののために立った。ならば、そなたを王城へ招いた判断は間違いではなかったようだ」


王の言葉に、アリアは目を瞬かせた。


エルヴァルド王は玉座から立ち上がる。


その動きに合わせ、謁見の間にいた者たちの姿勢がいっそう引き締まった。


「アリア・フェルロード。王国を代表し、そなたの働きに感謝する」


「そ、そんな……私は……」


「遠慮する必要はない。これはそなた一人だけではなく、共に戦った者たちへの礼でもある」


王の視線が、アリアの隣に控えるルミシェナへ向けられた。


「そなたも、彼女の従者だな」


「はい。ルミシェナと申します」


「よく主を支えた。報告では、負傷者の防護にも尽力したとある」


「恐れ入ります。私は主様のお力になれるよう、務めを果たしたまででございます」


ルミシェナは深く頭を下げた。


その落ち着いた返答に、王は満足げに頷く。


「よい従者を持ったな、アリア殿」


「はい。私には、もったいないくらいです」


アリアがそう答えると、ルミシェナの肩がわずかに揺れた。


照れているのか、それとも感極まっているのか。表情にはほとんど出ていないが、アリアにはなんとなく分かった。


王は再び玉座へ腰を下ろすと、声の調子を少し改めた。


「さて、ここからが本題だ」


空気が変わる。


アリアも自然と背筋を伸ばした。


「ラゼルムの件は、まだ終わっていない。奴の屋敷や関係先を調べているが、すでに処分された資料も多い。今回の実験が、奴一人の考えで行われたものかどうかも分かっておらぬ」


「他にも関わっている人がいるかもしれない、ということですか」


「その可能性は高い」


王の声が低くなる。


「ゼノグラム・キメラほどの魔物を生み出すには、知識、資金、素材、そして隠れた施設が必要だ。侯爵家の当主とはいえ、ラゼルム単独で全てを賄えたとは考えにくい」


アリアの脳裏に、地下施設で見た光景がよみがえった。


実験装置。捕らえられていた者たち。異様な魔物。


あれがまだどこかで続いているかもしれない。


そう考えた瞬間、胸の奥に冷たいものが広がった。


「陛下は、私に何をしてほしいんですか」


アリアの問いに、謁見の間の一部がわずかにざわつく。


国王へ向けるには少し直接的な言い方だったのかもしれない。けれど、アリアは回りくどく聞く余裕がなかった。


エルヴァルド王は咎めなかった。


「今すぐ何かを命じるつもりはない。そなたは王国の兵ではなく、冒険者だ。だが、今後ラゼルムに関わる情報が出た時、協力を求める可能性がある」


「協力……」


「無論、強制ではない。王命として縛る気もない。だが、そなたには奴の実験に関わる魔物を退けた実績がある。何より、被害者を見捨てぬ者だと判断した」


王の視線は鋭い。


けれど、その奥には確かな誠意があった。


アリアは少しだけ考えた。


王国の問題に関わるのは怖い。貴族や王都の事情など、自分には分からないことばかりだ。下手に踏み込めば、今よりずっと厄介なことになるかもしれない。


それでも、もしまた誰かが捕らえられ、魔物の実験に使われているのだとしたら。


知らないふりは、きっとできない。


「……私にできることなら、協力します」


ルミシェナが隣でわずかに身を引き締めた。


「ただし、仲間を危険に巻き込むだけの命令なら受けられません。私は冒険者ですけど、みんなを守りたいから戦っています」


謁見の間に、再び沈黙が落ちた。


クラウスがわずかに緊張したようにアリアを見る。


王の前で条件を告げるなど、普通なら許されないのかもしれない。アリア自身も、言い終えてから少しまずかったかもしれないと思った。


だが、エルヴァルド王は怒らなかった。


むしろ、口元にかすかな笑みを浮かべる。


「よかろう。仲間を守れぬ者に、民を守れとは言えぬからな」


アリアはほっと胸を撫で下ろした。


王はクラウスへ視線を向ける。


「クラウス。アリア殿には、王都滞在中の部屋を用意せよ。城内の客室を使ってもらう」


「はっ」


「また、セレミリアに残る彼女の仲間たちにも伝令を出す。必要があれば王都へ呼び寄せられるよう手配せよ」


「承知いたしました」


アリアは慌てて顔を上げた。


「あの、そこまでしていただかなくても……」


「遠慮するな。王城へ招いたのはこちらだ。相応の扱いをするのは当然であろう」


王は落ち着いた声で言い、それから少しだけ表情を和らげた。


「それに、王都は広い。初めて来た者が迷わぬとも限らぬ。しばらくはクラウスに案内させる」


「私が、ですか」


クラウスがわずかに意外そうな顔をした。


「不満か?」


「いえ。陛下のご命令とあらば」


「ならば頼んだぞ。アリア殿は、我が国にとって大切な客人だ」


大切な客人。


その言葉に、アリアは胸の奥がむずがゆくなるのを感じた。


つい先ほどまで、ただの冒険者としてセレミリアにいたはずなのに、今は王国の客人として扱われている。何度考えても慣れそうにない。


「アリア・フェルロード」


王が改めて名を呼ぶ。


「はい」


「今日は長旅で疲れたであろう。詳しい話は明日以降にする。今宵は休むがよい」


「ありがとうございます、陛下」


クラウスの合図に合わせ、アリアとルミシェナは深く頭を下げた。


謁見が終わり、二人はクラウスに案内されて謁見の間を出る。


大扉が閉じると同時に、張り詰めていた空気が少しだけ遠のいた。アリアは思わず肩の力を抜き、長く堪えていた緊張をようやく手放す。


「……すごく緊張した」


「よくお答えになっておられました」


ルミシェナがすぐそばで言う。


「そうかな。失礼なこと言ってなかった?」


「主様のお言葉は、真っ直ぐでした。少なくとも、陛下は不快には思われていないはずです」


「ならよかった……」


アリアは胸を押さえながら、前を歩くクラウスの背中を見た。


クラウスは少し歩いたところで振り返る。


「アリア殿。陛下の前で、あれほどはっきりとご自身の考えを述べられる方は多くありません」


「やっぱり、まずかったですか?」


「いいえ」


クラウスはかすかに表情を緩めた。


「だからこそ、陛下は貴女を信じられると判断されたのだと思います」


そう言われ、アリアは返す言葉に迷った。


信じられる。


その言葉は嬉しい。けれど同時に、重かった。


王城へ招かれた理由は、ただ礼を言うためだけではない。ラゼルムの背後にあるもの。禁じられた実験。そして、まだ見えていない敵。


自分はこれから、もっと大きな流れに巻き込まれていくのかもしれない。


それでも、隣にはルミシェナがいる。


セレミリアには、メルヴァリスとロゼリアもいる。


一人ではない。


そう思うと、足を止める理由にはならなかった。


「主様」


ルミシェナがそっと声をかける。


アリアは顔を上げた。


「大丈夫。少し驚いただけ」


「はい」


「明日から、また忙しくなりそうだね」


「どのようなことになっても、私は主様に従います」


迷いのない返答に、アリアは小さく笑った。


「うん。頼りにしてる、ルミ」


王城の廊下を進む二人の足音が、磨かれた床に柔らかく響く。


王都レグナベル。


その中心にある王城で、アリアは張り詰めた一日を終えようとしていた。


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