【王都レグナベル】
アリアはクラウスの案内に従い、ルミシェナとともにギルドを出た。
外へ出ると、街には昼下がりの賑わいが戻っていた。
通りを進むにつれて、行き交う人々の視線が、鎧姿の騎士たちへ集まっていく。
「あれ、王都の騎士様だよな? なんでセレミリアに……」
「さっきからギルドのほうが騒がしかったもの。何かあったんじゃない?」
そんな囁きが耳に入り、アリアは少し困ったように隣のルミシェナを見た。
「……なんだか、目立ってるね」
「王都の騎士団が同行している以上、仕方のないことかと」
ルミシェナは落ち着いて答えながらも、視線だけは周囲へ巡らせ、アリアのそばを離れなかった。
ただ街へ来ただけのはずなのに、気づけば銀章へ昇格し、王城へ招かれることになっている。周囲の注目を集めるには十分すぎる出来事だった。
やがて二人が街の入り口まで戻ると、そこには先ほど見かけた豪華な馬車が止まっていた。
近くで見ると、黒塗りの車体には金の装飾が施され、扉にはレグナベル王国の紋章らしきものが刻まれている。護衛の騎士たちが周囲に立っているせいか、通行人たちも遠巻きに眺めていた。
「やっぱり、あの馬車だったんだ……」
「はい。こちらで王都までお送りいたします」
クラウスに促され、アリアは胸の奥に緊張を抱えたまま、馬車へ乗り込んだ。中には柔らかな座席が向かい合うように置かれていて、外から見た時と同じく、内装にも品のよさが感じられる。
アリアが席につくと、ルミシェナも隣に腰を下ろした。
続いてクラウスが向かいの席につき、御者に合図を送ると、馬車がゆっくりと動き出した。
車輪が石畳を越えるたびに、わずかな揺れが座席へ伝わってくる。街の喧騒が遠ざかり、やがて窓の外には、広い街道と草原が広がり始めた。
「主様、揺れはお身体に障りませんか」
「平気だよ。怪我はもう治ってるし、馬車も思ったより揺れないから」
「それなら安心いたしました」
「ルミは心配しすぎだよ」
ルミシェナは言い返さず、控えめに頷いた。
セレミリアの街並みが背後へ遠ざかっていく。
アリアは窓越しにそれを眺めながら、まだどこか現実味のない気持ちでいた。
銀章への昇格だけでも信じられないのに、今は王都へ向かっている。しかも、待っているのは国王との面会だ。村で目覚めたばかりの自分が王城に招かれるなど、どう考えても普通ではなかった。
「……なんだか、話が大きくなりすぎてる気がする」
思わず漏らしたアリアの言葉に、ルミシェナが穏やかに答える。
「主様が成されたことを思えば、不思議ではありません」
「私は、ただ助けたかっただけなんだけどね」
「だからこそ、多くの者が主様を信じるのだと思います」
まっすぐそう言われ、アリアは照れを隠すように視線をそらした。
アリアの言葉を聞き、クラウスはしばらく彼女を見ていた。
功を誇るでもなく、当然のことをしただけだと語るその姿に、陛下が関心を寄せた理由が少し分かった気がした。
馬車の外では、騎士たちが左右に分かれ、一定の距離を保ちながら馬を進めている。
鎧が陽光を受けて淡く光り、馬の蹄が街道を叩く音が規則正しく続いていた。
しばらく進むと、道の両側に広がっていた草原の景色が変わり始めた。小さな村や畑が見え、遠くには荷馬車や旅人の姿もある。王都へ続く道だけあって、人の往来はセレミリア周辺よりも多いようだった。
「王都って、どんな場所なんでしょう」
アリアが呟くと、向かいに座っていたクラウスが顔を上げた。
「王国最大の都市です。王城を中心に、貴族街や商業区、職人街などが広がっております。初めて訪れる方は、その規模に驚かれることでしょう」
「そんなに大きいんですか」
「ええ。セレミリアも立派な街ですが、王都はまた別格です」
クラウスの言葉に、アリアは少しだけ胸を高鳴らせた。緊張はある。けれど、見たことのない場所へ向かう期待も、確かにあった。
ただ、ラゼルムのことを思い出すと、浮かれてばかりもいられなかった。
禁じられた魔物の実験。
暴走したゼノグラム・キメラ。
その出来事が国王の耳にまで届き、こうして王都へ向かうことになっている。
考えれば考えるほど大きな話に思えて、アリアは落ち着かない気持ちになった。
「主様」
隣からかけられた声に、アリアは顔を向けた。
ルミシェナはいつもの落ち着いた表情で、けれど確かな意思を込めて告げる。
「どのような場所であっても、私は主様のおそばにおります」
「うん。頼りにしてる」
「はい。必ずお守りいたします」
その言葉を聞くと、不思議と胸のざわめきが少し和らいだ。
馬車は街道を進み続ける。
やがて陽が傾き始めた頃、地平の向こうに巨大な城壁が姿を現した。
遠目にも分かるほど分厚く、高く、まるで王都そのものを外界から切り離すようにそびえている。
「あれが……王都」
アリアが窓の外を見つめたまま呟く。
クラウスは背筋を伸ばし、誇らしげに告げた。
「はい。あれが王都レグナベルです。街の中央に見える大きな建物が、王城です」
馬車は速度を落とし、巨大な城門へ向かって進んでいく。
アリアは膝の上で手を握り、近づいてくる王都を見つめた。
ここから先で、自分を待っているものが何なのかは分からない。
けれど、もう引き返すつもりはなかった。




