【王都からの招待】
森の中を歩く、アリアとルミシェナ。
街道へ出るまでの道は細く、左右には背の高い木々が並んでいる。魔物の気配は今のところないが、ルミシェナは油断なく周囲へ視線を巡らせていた。
「ルミ、そんなに警戒しなくても大丈夫だよ」
アリアが苦笑まじりに言うと、ルミシェナは少しだけ表情を和らげる。
「主様と二人で外へ出る機会は、そう多くありませんから。つい、気が張ってしまうのです」
「もう……私だって、少しは戦えるようになったんだけど」
「主様と二人でいる時だからこそ、私がしっかりお守りしなければなりません」
真面目な声でそう返され、アリアは言葉に詰まった。
心配されすぎるのは少し困る。けれど、その忠誠が嘘ではないことも分かっている。
「ありがとう、ルミ」
「もったいないお言葉です」
木々の隙間から差し込む光が少しずつ強くなり、やがて森の出口が見えてくる。
枝葉の向こうには街道が伸び、その先にセレミリアの街壁が見え始めていた。
「着いたね」
「はい、主様」
二人は森を抜け、街へ向かって歩き出した。
セレミリアの街に着くと、入り口には豪華な馬車が止まっていた。
「ずいぶん立派な馬車ね。この街ではあまり見ないわ」
「貴族の方が来られているのかもしれません」
貴族という言葉に、アリアはラゼルムの顔を思い浮かべた。
「……まさかね」
嫌な予感を振り払うように呟き、アリアはルミシェナと並んでギルドへ向かった。
ギルドに入って受付へ向かうと、カリナがすぐに気づいて顔を上げた。
「アリアさん、もう身体は大丈夫なの?」
「はい。おかげさまで、すっかり治りました」
「そう、それはよかったわ」
カリナは安心したように微笑むと、思い出したように表情を改めた。
「それと、アリアさんに大事なお知らせがあるの。銀章級への昇格が決まったわ」
「銀章!?」
「ランドルさんたちでさえ勝てなかった魔物を倒したのに、鉄章のままにはしておけないでしょう?」
「鉄章から一気に銀章なんて、本来なら滅多にないことなんだけどね」
「主様なら当然のことです」
ルミシェナが誇らしげに言った。
バッジの交換を終えた頃、アリアたちのもとへ数人の騎士が近づいてきた。
「失礼。あなたがアリア殿でいらっしゃいますか」
突然の声に、アリアは戸惑いながら相手へ視線を向けた。
「私はレグナベル王国騎士団の副団長を務めております、クラウス・オルヴレインと申します」
「えーと、私に何か御用でしょうか?」
「はい、我が国の貴族であるラゼルムの件について……」
クラウスはそこで言葉を止め、周囲へ視線を向けた。
ギルド内には依頼帰りの冒険者たちがまだ多く、騎士団の姿に気づいた者たちが、こちらを気にしているようだった。
「ここでは少々、人目が多いようです。可能であれば、場所を移してお話しできませんか」
「……分かりました」
それを聞いたカリナが、すぐに受付の奥へ視線を向けた。
「それなら、奥の応接室を使ってください」
カリナに案内され、アリアたちは受付横の扉から奥へ進んだ。
廊下の先にある応接室へ通されると、中には長机と椅子が置かれていた。飾り気はないが、話し合いの場としては十分に整っている。
アリアとルミシェナが並んで席につくと、クラウスは向かい側に腰を下ろす。カリナは少し離れた場所に控え、同行していた騎士たちは扉の近くに立った。
「改めて、お話しさせていただきます」
クラウスは姿勢を正し、アリアへ向き直った。
「国王陛下より、ぜひアリア殿を王城へ招きたいとのお言葉を賜っております」
「国王陛下……?」
思ってもみなかった言葉に、アリアは思わず聞き返した。
ラゼルムの件で騎士団が来る可能性は考えていた。
けれど、いきなり王の名が出てくるとは思っていなかったのだ。
隣に座っていたルミシェナが姿勢を正し、クラウスへ視線を向けた。
「主様を王城へ招かれる理由を、お聞かせいただけますか」
声は柔らかい。けれど、アリアの前に出たルミシェナの態度は、相手を完全には信用していなかった。
「もちろんです。ラゼルムは貴族でありながら、禁じられた魔物の実験に関わっていた疑いがあります」
クラウスは言葉を選ぶように、落ち着いた声で続けた。
「すでに関係者の証言も集まりつつあります。ですが、現場で魔物を討伐したアリア殿のお話を、陛下自らお聞きになりたいとのことです」
「……私が王都に行くんですか?」
「はい。可能であれば、王城までご同行願いたく存じます」
いきなり王城と言われ、アリアは困ったようにカリナへ視線を向けた。
カリナも驚いている様子だったが、すぐに表情を整える。
「確認させてください。これは王命ではなく、あくまで招待ということでよろしいですね?」
「その通りです」
クラウスは頷き、丁寧に言葉を続けた。
「アリア殿に強制するつもりはございません」
「ですが、陛下はあなたの働きを高く評価しておられます。ラゼルムの件、そして暴走した魔物から冒険者たちを救ったこと。その礼を、直接伝えたいとのことです」
「……私が、国王陛下に?」
王から直接言葉をかけられるなど、少し前まで村にいた自分には、あまりにも遠い話に思えた。
自分はただ、目の前で倒れそうになっている人たちを助けたかっただけだ。
けれど、その結果が王の耳にまで届いているとなると、話は思っていた以上に大きくなっている。
「主様」
ルミシェナが隣から声をかける。
「お望みでなければ、断ってもよいかと。ですが、王都へ向かうことで得られる情報もあるかもしれません」
「……そうだね」
ラゼルムの件について、まだ自分の知らないことがあるのかもしれない。
あの魔物を生み出した研究が、どこまで広がっているのかも分かっていない。
アリアは少し迷ったあと、クラウスへ向き直った。
「……分かりました。私でよければ、お会いします」
「では、王都までご同行いただけるのですね」
「はい。ただ、ルミシェナも一緒でいいですか?」
ルミシェナはアリアの隣に寄り添い、クラウスへまっすぐ視線を向けた。
「主様のおそばを離れるつもりはございません」
クラウスは二人を見比べ、すぐに了承した。
「もちろんです。アリア殿の護衛として、ルミシェナ殿にもご同行いただけます」
「ありがとうございます」
「もしメルたちがギルドに来たら、私たちが王都へ向かったことを伝えてもらえますか?」
「ええ、任せて。来た時に事情を伝えておくわ」
「お願いします」
メルとロゼに何も言わず王都へ向かうことには、少しだけ引っかかりがあった。
けれど、カリナが伝言を引き受けてくれるなら、ひとまず心配はいらない。
王都へ行く。
そう決めた途端、アリアの胸の奥に緊張が広がった。
ラゼルムの件は、思っていたより大きな話になっているのかもしれない。
王が直接話を聞きたいというのなら、きっとそれだけの理由があるのだろう。
「馬車は街の入り口に用意してあります。よろしければ、すぐにでも出立できます」
「……分かりました。行きます」
「主様」
ルミシェナがそっと声をかける。
「大丈夫。少し驚いただけだから」
銀章への昇格。
王都から訪れた騎士団。
そして、国王陛下からの招待。
森を抜けて街に来ただけのはずだった。
けれど、アリアたちはその足で王城へ向かうことになった。




