【最後に立つ者】
キメラの体が異様に蠢き、肉と外殻が波打ちながら別の形へ歪んでいく。
「様子がおかしい」
アリアはすかさず鑑定する。
名前:ゼノグラム・キメラ
Lv50 キメラ系
筋力:190+600
敏捷:255+600
魔力:40
体力:600+600
状態:暴走・変異
特性:物理耐性
「何このステータス……」
キメラがアリアたちへ向き直り、歪な体を揺らしながら襲いかかった。
「散って!」
アリアが叫ぶより早く、ゼノグラム・キメラの前脚が振り下ろされた。
ルミシェナが白紗結界を広げる。
メルヴァリスは緋刃鞭を脚へ絡め、ロゼリアも刃翼で横から斬り込んだ。
だが、止まらない。
血の鞭は力任せに引き千切られ、刃翼は外殻に弾かれる。
ルミシェナの白紗結界も、黒い巨体に押し潰されるように軋んだ。
ルミシェナの表情が歪む。
結界は何重にも重ねている。
それでも、キメラの突進を受け止めきれない。
「主様、これは……!」
白紗結界が砕け散る。
ルミシェナは咄嗟に身を引いたが、衝撃までは逃がせなかった。
体が床を滑り、壁際へ叩きつけられる。
「ルミ!」
「申し訳、ありません……」
アリアは駆け寄ろうとした。
けれど、ゼノグラム・キメラはそれを許さない。
黒い尾が床を削りながら横へ振るわれ、アリアの前に割り込むように迫った。
「アリア様!」
メルヴァリスが緋刃鞭を伸ばす。
赤黒い血の刃が尾へ絡みつき、動きを止めようと締め上げる。
だが、尾は止まらなかった。
緋刃鞭は肉に食い込んだものの、すぐに力任せに引きずられる。
「っ……なんて力ですの……!」
メルヴァリスは踏みとどまろうとした。
だが、ゼノグラム・キメラが尾を振り抜くと、彼女の体は床から浮き上がった。
血の鞭が千切れる。
メルヴァリスは体勢を崩しながらも、追加の血刃を放った。
「まだですわ!」
放たれた刃がキメラの脚を裂く。
黒い血が飛び散った。
けれど、浅い。
アリアは歯を食いしばり、数字変換を発動する。
狙うのは敏捷の補正。
せめて動きを鈍らせられれば、立て直せる。
けれど、表示された数字に触れようとした瞬間、暴走した力が壁のように弾き返してきた。
「くっ……!」
干渉できない。
その間にも、ゼノグラム・キメラは止まらなかった。
肥大した前脚がメルヴァリスの目前へ振り下ろされる。
「メル!」
床が砕け、その衝撃だけでメルヴァリスの体が吹き飛ばされた。
彼女は床を転がり、崩れた石片の中で膝をついた。
「まだ……アリア様を……」
立とうとするメルヴァリス。
だが、足が震え、赤黒い血も刃の形を保てずに崩れ落ちた。
「申し訳、ございません……」
ルミシェナが倒れた。
メルヴァリスも動けない。
残っているのは、ロゼリアだけだった。
「ご主人様、私の後ろへ」
ロゼリアが静かに前へ出る。
八枚の翼が広がり、刃のような羽が淡く光った。
「ロゼ、無理しないで」
「無理ではありません。私の役目です」
ゼノグラム・キメラが低く唸る。
潰れかけた片目から黒い血を垂らしながら、今度はロゼリアへ狙いを定めた。
ロゼリアの刃翼が一斉に動いた。
青い軌跡が幾重にも走り、キメラの外殻を斬りつける。
棘が折れ、黒い血が散った。
だが、致命傷には届かない。
ゼノグラム・キメラは傷を無視して突っ込み、ロゼリアの翼ごと押し潰しにかかった。
刃翼が軋む。
ロゼリアは受け流そうとしたが、力の差が大きすぎた。
刃翼の一枚が黒い外殻に押し潰され、青い羽を散らしながら砕け散った。
それでも、彼女は退かなかった。
キメラの爪がアリアへ向かう。
ロゼリアは体を滑り込ませ、残った翼を重ねて受け止めた。
重ねた翼が悲鳴のような音を上げる。
青い羽が弾け、ロゼリアの体が床へ叩きつけられた。
「……ご無事、ですか」
かすれた声だった。
アリアは答えられなかった。
三人とも、まだ生きている。
けれど、アリアの前に立てる者はもう誰もいない。
広い地下空間で、動けるのは彼女だけだった。
ゼノグラム・キメラがゆっくりとこちらを向く。
荒い息と黒い血の臭いが、重く漂う。
アリアは震えそうになる指に力を込め、短剣を握り直した。
「……よくも、みんなを」
けれど、背中には倒れた三人がいる。
ここで退けば、全部終わる。
アリアはゼノグラム・キメラを睨みつけた。
「みんなには、これ以上触れさせない」




