【暴走した実験体】
「こんな所で再会するとはな。しかし、君は冒険者だったのだな」
「あなたは商人って言ってたわよね」
「商人として動いていたのは事実だよ。だが、表向きは王都に屋敷を構える侯爵家の当主だ」
「主様、どうされますか?」
「……ここまで来た以上、放ってはおけないわ。それに、どんな悪人でも見殺しにしていい理由にはならない」
「了解しました」
「一つ聞かせて。あなたはここで何をしていたの?」
「また同じ質問か。その答えを聞いて、君はどうするつもりだね?」
アリアは言葉を詰まらせる。
ラゼルムは薄く笑い、傷ついた体を壁にもたれさせた。
「新たな魔物の性能を確かめていたのだよ。
だが、途中でこちらの指示を聞かなくなってね」
「おかげで、このざまだ」
「さっきの魔物は……」
その時、冒険者たちが騒ぎ出す。
「おい、あれは何だ?」
冒険者たちの視線が、一斉に奥の通路へ向いた。
アリアたちも遅れてそちらを振り返る。
ダンジョンの奥から、異形の魔物が近づいてきていた。
獣の脚、硬い外殻、いくつもの魔物を無理やり継ぎ合わせたような歪な姿だった。
名前:ゼノグラム・キメラ
Lv50 キメラ系
筋力:190+200
敏捷:255+200
魔力:40
体力:600+200
状態:暴走
特性:物理耐性
ラゼルムがアリアに呟く。
「あれを甘く見ないほうがいいぞ」
「幾種もの魔物を掛け合わせ、作り出した私の
最高傑作だよ」
「あんな物を作る為に……」
ゼノグラム・キメラが咆哮を上げ、冒険者たちへ襲いかかった。
前に出た冒険者の剣は外殻に弾かれ、返す腕の一撃で体ごと吹き飛ばされる。
別の冒険者が横合いから斬りかかるが、キメラは視線すら向けずに尾を振るい、鎧ごと床へ叩き伏せた。
倒れていく仲間を前に、冒険者たちの間に恐怖が広がっていく。
アリアは短剣を握り直し、ゼノグラム・キメラへ向かって歩き出した。
「メル、ルミ、ロゼ。いくわよ」
「はい、アリア様」
「承知しました、主様」
「ご命令のままに」
アリアは数字変換を発動し、三人の能力を引き上げた。
メルヴァリスの指先から赤黒い血鞭が伸び、ルミシェナの光衣がふわりと広がる。
ロゼリアは背の翼を開き、迫りくるゼノグラム・キメラをまっすぐに見据えた。
ゼノグラム・キメラは床を踏み砕きながら突進してくる。
「来るわ!」
アリアの声に応じて、ルミシェナが前へ出た。
迫る異形を前に、ルミシェナの足元が重く沈む。
それでも彼女は一歩も退かず、両腕を広げて白い光衣を幾重にも重ね、アリアたちを守る巨大な壁を作り上げた。
「白紗結界」
ゼノグラム・キメラの巨体が白い結界へ激突し、重く鈍い衝撃音がダンジョン内に響き渡る。
ルミシェナの足元に亀裂が走り、白い光衣が大きくたわむ。
「っ……主様、長くは持ちません」
「分かってる!」
アリアはルミシェナの背中越しに、ゼノグラム・キメラの数値を睨んだ。
筋力:190+200
敏捷:255+200
体力:600+200
本来の数値だけでも高い。
そこに暴走による補正が上乗せされている以上、まともに正面からぶつかれば押し切られる。
「なら、まずはそこを削る!」
アリアは敏捷の横に表示された補正値、+200へ意識を向けた。
その数字を書き換えようとした途端、まるで見えない壁に指先を押し返されたような重さが返ってくる。
「くっ……!」
狙いがずれ、干渉が弾かれる。
けれど、アリアは引かなかった。
乱れた意識を立て直し、もう一度その数字をつかむように集中する。
今度は、届いた。
ゼノグラム・キメラの動きが、ほんの少し鈍る。
大きく弱ったわけではない。
だが、迫りくる巨体の速度がわずかに落ちただけで、アリアたちには攻め込む隙が生まれた。
「メル!」
「はい、アリア様」
メルヴァリスの血鞭が左右から走り、ゼノグラム・キメラの脚へ絡みつく。
赤黒い鞭は肉と外殻の隙間に食い込み、その動きを縛ろうとするが、キメラは力任せに脚を振り上げ、絡みついた血鞭を強引に引きちぎろうとした。
鞭が軋み、一本が途中で弾ける。
「……思った以上に乱暴ですね」
「ロゼ、関節を狙って!」
「承知しました」
ロゼリアが翼を広げ、床を蹴った。
白い羽が舞い、彼女の姿がゼノグラム・キメラの側面へ回り込む。
狙うのは膝裏。
ロゼリアは巨体の動きが鈍った一瞬を逃さず、剣を鋭く振り抜いた。
硬い音が響く。
「っ、浅い……!」
刃は確かに入った。けれど、分厚い肉と硬い外殻に阻まれ、深くまでは届かない。
ロゼリアが離脱しようとしたところへ、ゼノグラム・キメラの尾が横薙ぎに振るわれた。
「ロゼ!」
ルミシェナの光衣が伸び、尾の軌道を横からずらす。
直撃こそ免れたが、殺しきれなかった衝撃がロゼリアの肩を打ち、翼を広げた彼女の姿勢が空中で大きく乱れた。
「申し訳ありません」
「謝らないで、まだいける!」
アリアはロゼリアがつけた傷を見た。
体力を一気に削るのは難しい。けれど、あの傷口を広げれば、巨体の動きを崩せるかもしれない。
「そこを狙う!」
短剣を握り直したアリアは、ゼノグラム・キメラの足元へ駆け込んだ。
異形の影が頭上を覆い、横から振るわれた爪がアリアの髪先をかすめる。
冷たい感触が頬を抜けたが、彼女は足を止めず、ロゼリアが刻んだ傷へ向けて短剣を突き立てた。
「くっ……硬い!」
刃が肉に食い込む。だが、深く刺さらない。
ゼノグラム・キメラが脚を振り上げ、アリアは短剣を抜こうとしたが、硬い肉に刃を取られて一瞬だけ遅れた。
「主様!」
ルミシェナの光衣が帯のように伸びてアリアの腰を捉え、その体を強引に横へ引き寄せる。
直後、キメラの脚が床を砕いた。
石片が跳ね、衝撃が通路を揺らす。
砕けた床に片脚を取られたゼノグラム・キメラは大きく体勢を崩し、倒れ込む寸前で床へ爪を立てて巨体を支えた。
「今です」
ルミシェナの光衣がキメラの腕へ絡みつき、暴れる力の向きをずらす。
メルヴァリスも血鞭を首元へ巻きつけ、巨体の動きを押さえ込んだ。
「ロゼ!」
「はい」
ロゼリアが高く跳び上がると、広げた翼が空気を叩いて白い羽を散らし、彼女は空中で姿勢を整えながら剣先をゼノグラム・キメラの片目へ向けた。
だが、暴れる頭が不規則に揺れ、狙いが外れる。
「っ……!」
ロゼリアは空中で体をひねり、崩れた軌道を力ずくで修正した。
そして、全身の重みを剣に乗せるように振り下ろす。
「はあっ!」
刃が片目の端を裂いた。
深手ではない。
それでも、ゼノグラム・キメラは苦しげに吠え、頭を激しく振り回した。
離れていた冒険者たちがざわつき始める。
「効いてるぞ……!」
「いや、まだだ! 油断するな!」
ゼノグラム・キメラは片目から黒い血を滴らせながらも、怒りに濁った視線をアリアたちへ向ける。
片目を裂かれてなお、その怪物の気配は弱まるどころか、さらに荒々しさを増していた。
アリアは短剣を構え直し、乱れる呼吸を押さえ込む。
「……ここからが本番ね」
メルヴァリスの血鞭が再び伸び、ルミシェナの光衣が白く広がり、ロゼリアは翼を翻してアリアの前へ降り立つ。
暴走したキメラを前に、四人は一歩も退かなかった。




