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第三話 避雷針

 ──それは病室を出ようと準備していた時だった。


「着替えだ少年」

 

 そう言って綾芽は充に紙袋を手渡した。充はその中身を確認すると眉をしかめた。


「ふざけてるのか……?」


 紙袋の中身は『Miso Soup』という英語と味噌汁のイラストがプリントされた白いTシャツが一枚。そして迷彩柄の短パンだった。


「今日は避雷針の社長に会うんだろ!? 初対面でこんな格好してたら俺、バカだと思われるだろ!」

「何を言っているんだ。味噌汁は日本が誇る最高の健康食だぞ。それを身に着けられるなんて素晴らしいじゃないか。さあ、早く着てみろ少年」


 綾芽は誇らしげに口角を上げながら親指を立てる。充は不本意ながらも与えられた衣服に袖を通した。

 それは汗を吸収する素材で作られおり、通気性が抜群。サイズも丁度良い。充は少し綾芽のセンスが少しばかり気に入った。ただ一つ、柄を除けば。


「うん。私の思った通りとても似合っているぞ」

「まじかよ……」


 綾芽は目を輝かせていた。充はこれ以上反論するのを申し訳なく感じ、意気消沈するしかなかった。


「さあ行こう。少年」


 二人は病室を後にした。

 屋外に出ると、沢山の人々が慌ただしく行き交っていた。白衣を着た者、工具箱を持った者、武具を携帯した者など様々だった。

 

「ここは民間警備会社避雷針。日本に数多く存在する雷伐組織のうちの一つだ」

「じゃあさっきからすれ違ってる人、みんな雷伐師か。人手不足って聞いたけど案外多いんだな」

「いや、避雷針に在籍してるのは雷伐師だけじゃない。避雷針は捜査班、開発班、医療班、雷伐班という四つの組織で構成されているんだ。その中には医師も研究者も大人数いる」

「なるほどな」


 充は歩きながら広い敷地を見回す。


「それにしても広いなぁ。この建物も、あっちの建物も全部避雷針の?」

「ああ。さっきまで私達が居たのが病棟。他にも社員寮、訓練場、研究所などの施設が沢山集まってる」

「充実してるんだな」

「さあ、着いたぞ」


 そうこうしているうちに二人は目的地に到着した。そこは避雷針の中心部に位置する管理棟だった。

 左右に広がる年季を感じさせるレンガ造。その重厚感に充は改めて気を引き締められた。


「眼帯さん。俺はここで何をすればいいんだ?」

「君の他に新人が四人いる。まずは彼らについて知ることだ」

「なるほどな、俺の同期になる奴等か」


 充は深呼吸してから頬を両手でパシッと叩く。そして一瞬、右腕のブレスレットに目をやった。


「──よし、行こう」


 充は自動ドアを潜った。その三歩後ろを綾芽も着いて行く。

 中には広々とした天井の高いエントランスが広がっていた。そこには充と同年代の四人の少年少女の姿があった。

 四人は充に気付くや否や、Tシャツを凝視して固まってしまった。そしてエントランスは自動ドアの音を最後に静寂に包まれた。

 

「ふふんっ、少年の着こなしがかっこよすぎて声も出ないようだな」

「いや逆だろ! リアクションに困ってんだよ!」


 誇らしげに後方で腕を組む綾芽。

 四人は互いに「誰かツッコめよ」と言わんばかりにアイコンタクトを送り合っていた。

 そして気まずさが加速する中、とうとう沈黙が破られた。


「あんたが急遽追加された五人目の新人? どんな凄いやつが来るのかと思ってたけど……なんというか、随分と愉快そうなのが来たわね」


 充の場にそぐわない格好を最初に指摘したのは、学生服を着た少女だった。胸の前で腕を組みながら凛とした佇まいで充を見ていた。


「そんなふざけた服装で来るとは、どんなめでたい頭をしているんだ? 俺には到底気が知れないな」


 眼鏡を掛けた少年が充を睨んで批判した。ワイシャツにベスト。スラックスを履いてネクタイまできっちりと締めた正装。その佇まいから神経質さが窺えた。


「俺も思った! なぁ聞いてくれよ。この服選んだの、この眼帯女なんだぜ!」

「静かにしていろ。やかましいのは服装だけにしておけ」

「なんだと!?」

「私が選んだ服、そんなに変なのか……」


 充と眼鏡の少年からの容赦の無い罵倒に、綾芽は肩を落とした。


「あの人達揉めてる……。どうしよう、怖い……家に帰りたい……」


 そんな独り言を呟いていたのは小柄な少女だった。小型な少女はエントランスの隅で身体を小刻みに震わせている。


「あれ……あの子俺の服が変すぎて怖がってる?」


 小柄な少女は充と目が合うと、慌てて柱の陰に隠れた。


「フッ。誰がどうであれ、天才であるこの僕には関係ないさ」 


 エントランスに響いた高らかな声。その主は、長身で整った顔立ちの少年だった。水色のワイシャツに上下真っ白のスーツという一際目立つ姿をしている。

 長身の少年は窓ガラスを鏡代わりにして七三分けにセットされた前髪を弄り始めた。


「すげぇナルシストだな……」


 その時だった。


「全員揃ったようだな。ご苦労、綾芽くん」


 エントランスに威厳のある低い声が響き渡った。充に向けられていた一同の視線が声の主に集まる。

 声の主は、杖を突く音と共に現れた。


「諸君、初めまして。私は避雷針社長・神宮寺武蔵じんぐうじむさしだ」


 着物を着た貫禄のある中年の男。左目には大きな傷跡。左腕は肘から先が欠損していて、裾の下に見える左脚は義足である。


「この人が……!」

「社員一同、諸君らを歓迎する。そして若くして命を懸けることを決断した諸君らの勇姿に敬意を表する」


 武蔵は五体満足でない身体を捻らせて、新人五人の顔を順番に確認した。

 充は一切の隙も感じさせない武蔵の仁王像のように厳格な佇まいに圧倒された。


「今日より諸君らは避雷針の一員となる。そのうえで心得てもらいたいことがある」


 武蔵の一声で全員の背筋が自然に伸びた。


「我々の使命とは何か。それは雷人から人々を守り、雷人の正体を解明することだ。そして私には譲れない理想がある。それは──雷人が生まれない世界を創ることだ」

 

 歴戦の猛者の風格を漂わせる武蔵の言葉の一つ一つには、芯に響くような重みがあった。

 すると武蔵の目線が充に留まる。


「……ところで綾芽くん。その少年が着ている珍妙な服はお前が選んだのか?」


 綾芽に鋭い眼光が向けられた。


「なんでわかるんだ……」

「そんなものを選ぶ者はお前以外に居ない。場所を弁えなさい」

「すまない、社長……」


 綾芽は頭を掻きながらその場で小さくなった。


「では、気を取り直して。順番に名と避雷針に来た理由を聞かせてくれ」


 すると、学生服の少女が高めのポニーテールを揺らして真っ先に前へ出た。


乙駒紗里凪おとこまさりなです。私は雷を使えないけど、前線で戦いたいと思い来ました!」


 次に前へ出たのは眼鏡の少年だった。


神薙斬也かんなぎきりやです。民間警備会社は国家公務の雷伐組織とは違い、雷伐活動を迅速に行える。それは多くの命を救うことに繋がります。俺はそんな避雷針の利点に惹かれて参りました」


 斬也は下がりかけていた四角い黒縁の眼鏡を中指で直した。

 そして柱の陰から小柄な少女が飛び出した。黒いロングスカートを靡かせ、小走りで前に出る。


「えっと、風那紫雨かざなしぐれ……です。弟が三人いて、その子達を養うお金を家に入れるために来ました……。個人的な動機ですみません……!」


 紫雨は猫背で頭をペコペコと下げた。


鳴志唯我なるしゆいがです。避雷針がこの僕を呼んでいる。そう感じて参りました。そして僕は必ずここで最強になりますよ……!」


 唯我は自信満々な面持ちだった。

 そして最後に充の番がやってきた。

 充は右腕のブレスレットに目をやる。そして堂々と名乗りを上げた。


「俺は武海充。これ以上誰かに悲しみを背負わせないために来た。そして今決めた。社長あんたが目指す雷人が生まれない世界──誰もが望む世界のために戦う!」


 エントランスに響き渡った声。その言葉は武蔵の胸の内で繰り返し反響し、在りし日の記憶を蘇らせた。


「──昔、私の夢を仲間達に語ったことがあった。皆、私を笑ったよ。だが唯一私を肯定してくれた男が居た。武海充。お前の真っ直ぐな眼は()()()によく似ているな」


 武蔵は失った左眼に焼き付いている思い出を噛み締めた。


「よくわかんねぇけど、誰がアンタの夢を馬鹿にしようと俺は絶対協力するぜ」

「そうか。感謝する」


 充が見せた笑顔で、武蔵の形相が溶かされた。


「新人が出揃った所で、これより諸君らの実力を測るため訓練棟にて模擬戦を行う」


 一同は管理棟から訓練棟へ移動した。

 武蔵に案内されたのは壁、床、天井を丈夫な金属で囲われた広い空間。そこは雷伐師が戦闘訓練を行うための訓練施設だった。そこら中に足場や障害物などが設置されており、市街地での戦闘を想定した構造になっていた。


『では模擬戦、開始!』


 別室のモニターで訓練場の様子を観察している武蔵からスピーカー越しに開戦の合図が出た。


「ところで模擬戦の相手って誰? 新人同士で戦うの?」

「私だ」


 紗里凪が問うと一同の間を通って綾芽が前へ出た。


「早速はじめるとしよう。ところで君達は『雷装』を使えるか?」


 綾芽の質問への反応は各々違った。

 充は首を傾げ、唯我は勿論と言わんばかりに頷き、紫雨も小さく頷く。一方で斬也と紗里凪は顔をしかめていた。


「私は使えないです……非適合なので」

「らいそう? 何それ、もしかしてみんな知ってるの?」

「お前雷装を知らないのか? その手から漏れてる電気から察するにかなりの手練れに見えるが」

「実は俺、適合者になったの一昨日なんだ」

「えっ!?」


 充の何気ない言動が新人四人を驚かせた。


「丁度いい。少年に雷伐師の戦い方を教えてやろう」


 綾芽は左腕を正面に突きだした。


『雷装展開』


 ──その声を境に空気が一変した。

 眩い白光が点滅し、骨を震わす雷音が轟いた。掌を起点に、綾芽の周囲を蒼白い稲妻が踊る。やがて無秩序に拡散した雷は棒状に収束し輪郭を帯びる。


「刀……?」


 閃光が止んだ。綾芽の左手には鞘に収まった一振りの刀が握られていた。隅から隅まで精巧に作り込まれた本物と大差ない代物だ。


「雷装は雷を使って自分のイメージを具現化した物体だ。つまり武器を携帯する必要がない。それに戦闘時に雷を省エネできる」


 綾芽は刀を腰のベルトに差す。そして柄に右手を掛けた。


「説明はこれで終わり。君達の全力をぶつけてみろ」


 刀が鞘から引き抜かれ、銀色の刃が向けられた。綾芽の眼が別人のように鋭くなる。その構えには一切の隙もない。

 張り詰める空気。充は思わず固唾を呑んだ。


「この人、やばい……!」

「さあ、全員まとめてかかってこい」

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