5 影が見た“異変”
影として生きるレオンの視点。
任務の途中で、とんでもない幼女に絡まれる話。
影は王家の直属の裏組織。
俺達は”存在しない者”として育てられる。
市場の喧騒は、俺には遠い世界の音のように聞こえた。
人々の笑い声、威勢のいい呼び込み。
生きた匂いに満ちているこの場所は、本来の俺には必要のないものだ。
任務を果たし、必要なら死ぬ。
――そのつもりだった。
俺を拾ってくれた“長”は五年前の事件で責任を取り里を抜けた。
今の“お頭”は人使いが荒い。急に呼び名を変えろと言われるのにも、正直ついていけていない。
今回の任務も、さっき突然押しつけられたものだった。
成人となる18を迎えるまでは里で育成される。
影は本来、群れない。感情に心を乱されることも、あり得ない。
――本来なら。
だが。
視線がぶつかった。
桃色の髪の幼女。
だが、その瞳だけが年齢と噛み合っていない。
静かで、深くて――こちらを“見抜いている”目だ。
(……気付いた?)
いや、そんな馬鹿な。
俺は気配を消している。
15の身とはいえ、影としては一人前の術を使っている。
普通の人間に見つかるはずがない。
だが幼女は、素朴な表情のまま真正面から俺を見ていた。
そして――
体温がひとつ下がる。
感情ではない。これは“危険認識”だ。
影として刻まれた反応。
(……能力者か)
3歳で?
こんな力が?
考える暇もなく、幼女は歩み寄り、唐揚げの刺さったフォークを突き出した。
「パパにあげる」
(理解不能)
「人違いだ」
即答したところで、幼女は俺の足にしがみついた。
「パパぁ~~~~!!」
店中の視線が刺さる。
任務に支障が出るため、抱き上げるしかなかった。
抱き上げられた瞬間、幼女は息を混ぜて囁いた。
「……2じにひとり、11じにふたり……そうこは16じ……ね?」
……なるほど。
この幼女は“見えている”。
ただの魔法探知ではないな。
攻撃性ではなく、予兆に似た何か。
影の者でも持ちえない、直観の先の力。
「魔法を使うのか」
問うと、幼女はただ首を横に振った。
嘘は……ない。
(……では、何者だ)
幼女に呼ばれたスーザンらしき女が駆け寄り、幼女はそちらへと戻っていった。
私は静かに店の影へ消える。
温度のない心で、淡々と判断する。
――倉庫は罠。
――だが、幼女の言葉は正しい。
――影の里に報告すべき対象。
背に生ぬるい風が流れる。
(ああ、そうか)
その瞬間ようやく理解した。
俺は今、
久しく感じなかった“興味”に近いものを覚えている。
影は本来、興味を持たない。
生きる意味も求めない。
ただ任務と死のみ。
どうせ、俺はいずれ誰かの盾になるのだろう。
なのに。
(……あの幼女。調べる必要があるな)
大体、あいつは何を考えているんだ。15歳で3歳の子の父などあり得ない。
全くもって頭が痛い。迷惑な話だ。
俺には珍しく深いため息が出た。
胸の奥で、微かに何かが動いたような気がした。
感情という動きに急いで蓋をする。これは邪魔なだけだから。
だが――その前に。
確認しなければならない。
感情を切り捨て、任務だけを拾い上げるようにして、俺は倉庫へ向かった。
15時ではなく、幼女に言われたとおり“16時”に
あの幼女の言葉が正としたら……胸にくすぶっていた疑念が首をもたげた。
そう言う事なのだろう。俺が邪魔、と言うわけだ。
あの子は“2時方向に1人、11時方向に2人”と言った。
この倉庫は監視が変わる時間が一瞬だけ生まれる。
そんな情報……なぜ知っている?
俺は予定より一刻遅れて倉庫の裏手に回った。
壁に背を預け、息を殺す。
人の気配を読む――子供の頃から叩き込まれた技術だ。
――いない。
誰の気配もしなかった。
どういうことだ。
俺が一歩踏み込んだその時だった。
空気が、わずかに揺れた。
圧を含んだ“何か”が、倉庫の内側で起動する気配。
術式か、罠か。
視界には見えない。ただ、気配の糸だけが歪む。
(……罠が動いた)
1度目で見張りを消し、
2度目で痕跡を焼き払う――そのための術式。
2度目だな。多分すでに一度動いていた。その場にいた者は亡くなっていただろう。
そして2度目で、全てを消したのだ、痕跡も何もかも。
大きく、雑で、殺意の濃い仕掛けだ。
無差別か?いや、違う。
もう一度自分に問いただした。今日は誰からの任務だった?よく考えろ。
ああ、やはり――任務そのものが“おかしい”。
抱いていた疑念が静かに形を持ちはじめる。
用心しながら、倉庫の隙間へと耳を澄ませた。
――かすかな“魔力の焼ける匂い”……
倉庫に近づくと、地面に微細な魔力の裂け目が走っているのが見えた。
一歩間違えば、骨すら残らない。
(あの子……この罠の発動を、見えていたのか?)
俺には視えない何か。
あの子には視えていた。
なぜ?どういう力だ?何者だ?
だが一つ確かなのは――
――あの子の言うとおりに動いていなければ、俺は死んでいた。
胸の奥が、ほんの少しだけ温かい気がした。
次回更新は明日12月30日!
後半戦スタート、ルリアが巻き込まれて大騒動に…!
年末スペシャル企画、いよいよ完結まで駆け抜けます!




