41 『めっ!組』と『ひよこ組』
王都の街のお掃除。ごみにもいろいろありましゅ!
「みなしゃん。『めっ!』上手に出来ました」
そう言いながらルリアは昨日スーザンが作ってくれた『めっ!』と刺繍された腕章を配る。
「今日から、みなしゃんは『めっ!組』です。街のお掃除と治安を守るでしゅよ」
それから可愛いひよこが刺繍された腕章をカイト達3人に配った。
「カイト達は『ひよこ組』です。落とし物をしっかりとひろうでしゅよ!」
男たちと子供たちの元気な返事が響き渡る。こうして、王都の平和を守るお掃除部隊が正式に発足した。
♢ ♢ ♢
王都の裏路地。昼間でも日の当たらない薄暗く狭いその場所で、チンピラ3人が獲物を囲んでいた。
「おい、あり金全部出せよ。暁組の俺たちに逆らったらどうなるか、分かって……」
チンピラが脅し文句を言いかけた、その時だった。
ザッ、ザッ、ザッ。
路地の奥から、何やら規則正しい足音が近づいてくる。
現れたのは、お揃いのエプロンを身につけた、筋骨隆々の大男たちだった。
その数、5人。彼らは現在、クリーナーズ全20名からなる4つの班のうちの一つで、王都の路地を分担して清掃パトロールしているところだった。彼らは狭い路地でも一糸乱れぬ動きで「ほうき」を動かしている。
「な、なんだお前ら!? 引っ込んでろ!」
チンピラの一人が苛立って、吸いかけの葉巻を地面にポイッと投げ捨てた。
ピタリ。
5人の大男たちの動きが、完全に止まった。
「あーあ……」
先頭に立っていた男(かつては泣く子も黙る武闘派だった男)が、ほうきを握りしめたまま、ひどく悲しそうな顔をした。
「ポイ捨ては、『めっ!』っすよ」
男が自分の左腕を指差す。そこには、ルリアから配られたばかりの『めっ!』と刺繍された真新しい腕章が巻かれていた。5人全員の腕に、同じものが誇らしげに輝いている。
「はぁ? 『めっ!』だと? ふざけてんのか!」
「ふざけてなんかいねぇっす。俺たちは、お嬢の悲しむ顔を見たくねぇんだ」
男たちがじりじりと距離を詰める。凄まじい殺気だ。ほうきを持っているのに、まるで大剣を構えた騎士団のような威圧感がある。
「ヒッ……! や、やっちまえ!」
チンピラたちがナイフを抜こうとした瞬間。
5人の男たちの背後から、さらに巨大な影が音もなく現れた。各班の見回りをしていた彼らのボスだ。
「――お嬢の庭を、これ以上汚すな」
低く、地を這うような渋い声。
腕組みをして立つその男、ウォルフの眼光に射抜かれた瞬間、チンピラたちはカエルを睨んだ蛇のように硬直した。ただ立っているだけなのに、圧倒的な『格の違い』が全身から滲み出ている。
「ウォルフの旦那! こいつら、粗大ゴミっすか?」
「ああ。分別して、裏のゴミ捨て場にまとめておけ。道はピカピカに磨き上げろ。もうすぐ、お嬢が新しい『ハンバーガー』の試作品を持ってくる時間だ。汚い道で食わせるわけにはいかん」
「了解っす!!」
数分後。
路地裏はチリ一つないほどに磨き上げられ、チンピラ3人は縄で綺麗に縛られ、路地の隅に『燃えないゴミ』として整然と並べられていた。
そこへ、甘いカステラの匂いと、暴力的ないい匂い(肉の焼ける匂い)を漂わせながら、ルリアがワゴンを押してやってきた。
「みんなー! お掃除お疲れ様でしゅ! 今日のおやつは、新作のチーズバーガーでしゅよー!」
「「「お嬢ぉぉぉ!! いただきやす!!」」」
見回りで合流した別の班の面々も加わり、屈強な男たちが歓喜の涙を流しながらハンバーガーに食らいつく。ウォルフも無言で受け取り、その美味しさに静かに目を閉じていた。
縛られたままのチンピラたちは、その意味不明で平和すぎる光景と、ハンバーガーの凶悪な匂いに、ただお腹を鳴らしながら泣くことしかできなかった。
♢ ♢ ♢
ここは騎士団の休憩所だ。アルトは最近流行りのハンバーガーを人数分買ってこさせられた。これは新人の宿命ってやつだ。
忙しい冒険者たちに大人気だと言って、店の前には常に行列が出来ていた。最初は遠巻きに見ていた騎士団の連中も、ついに味見が必要だと言い出したのだ。以前カステラ焼きは買ったことがあったけど、小腹がすいた時にちょうど良かった。あの店の作るものなら、うまいに違いない。
「先輩、今日は1時間も並んだんですよ」
一人一人に配っていく。今日は自分のも含めて10人分を買った。千切りにしたジャガイモが一緒についていて、特製のソースも付いているらしい。
「おまえ、ちゃんと、ケチャップというのもかけてもらったんだよな?」
先輩に聞かれて頷いた。
「マスタードもありましたが、ケチャップの方にしました」
「それにしても、あのクリーナーズ達のラインダンスは凄いらしいな。一糸乱れぬ動きと聞いたぞ」
「えっ、お前まだ見ていないのか? あれを見ないなんて、話題についていけないぞ」
「この間、騎士団長も見てました」
「10時と3時の2回か。休憩終わったら見回りついでに見るか」
「そういえば、最近の見回りは平和ですよ」
「ああ、荒くれ者たちが減ったな」
「あのクリーナーズがゴミ拾いをしているだろう。どうやらボスが”いぶし銀のウォルフ”みたいだ」
「げっ、”いぶし銀”ですか……」
「そりゃあ、ゴミは捨てられないな」
「ポイ捨てしたら、『めっ! 』って言ってたぞ」
「あっ、俺見ました。奴ら『めっ!』っていう腕章してましたぜ」
「「「『めっ!組』か!?」」」
♢ ♢ ♢
すべては、一件落着だわ。これからはジャラジャラと金貨が降ってくる予感しかしないわ。
次の日の朝、私はにんまりと、中庭を眺めながらミルクティーをすすった。着飾った私の家族が執事のセバスチャンを従えて母屋から出ていくのが見えた。
お母さま……。どんなお顔か思い出せなかった。
家族……なんだか遠い記憶を呼び覚ますものだ。今世というよりは前世の記憶かもしれない。
胸の奥にモヤモヤが渦巻いていた。チクッと痛む胸をさする。考えるのはやめたわ。どうせ良い事なんてなかったのだから。
いつもの明るい声がして顔を上げる。
「お嬢様、お手紙が届いていますよ」
スーザンの声に首をかしげる。3歳の私に手紙をくれるのは、ギルドマスターぐらいしかいない。何かしら?
「どうせロクな依頼じゃないな」
腕を組みながらドアのところに立っていたレオンが口を開いた。
「待って、読んでみるでしゅ。スーザンここにちょうだい」
スーザンは聞こえなかったのか、さっさと立派な紙で出来た封筒をペーパーナイフですっと開ける。中から出てきたのは、やけに丁寧な字で書かれた手紙だった。
拝啓 親愛なるルリアお嬢様
以前よりお探しになっていた条件に合う、素晴らしい土地が売りに出されました。
日当たりも良く、お嬢様が遊ぶにはこれ以上ない広大な敷地でございます。
ぜひ本日、ギルドのマスター室までお越しください。
美味しいお菓子とお茶をご用意して、詳しいお話をさせていただきます。
冒険者ギルドマスターより
「やめとけ」
手紙を横から覗き込んだレオンが、短く一言だけ吐き捨てた。
(……なるほどね)
私は短い文面を眺めながら、内心でニヤリと笑った。この簡潔で丁寧な手紙の裏に隠された、あのタヌキおやじの真っ黒な本音がはっきりと透けて見える。
おお、ついにあの土地が売りに出されているんだわ。
ふふ、ギルドマスターは、あの土地に私が持っている石ころたちを拾った『旧鉱山』が含まれていることなんて全く気付いていないのだ。
ただの広くて使い道のない荒れ地を「素晴らしい土地」と言いくるめて、私に払った莫大な報酬をそっくりそのまま回収する気なのね。
それに、窓の外を見れば一目瞭然だ。ギルドの向かい側では、私たちが始めたハンバーガーの販売が大繁盛して長い行列を作っている。
私がまだ何も分かっていない3歳の幼児だと侮って、あわよくばこの儲かっているお店の権利まで言葉巧みに取り上げようっていう魂胆に違いない。
良いわ。のってあげましょう。
「行くでしゅよ!」
私は手紙を握りしめ、目を輝かせてみせた。
「お嬢様。ギルドのお菓子が楽しみなのですか」
私の意気込みを「おやつへの期待」だと完全に勘違いしたスーザンが、呆れたように呟いた。
(ふふふ……罠だと分かっていて飛び込むのも、名探偵の嗜みよ)
私は、レオンたちがくれた石ころたちに目をやった。
(もうすぐ、仲間が増えるからね)
私は満面の笑みを浮かべたまま、冷めかけたミルクティーをぐっと飲み干した。
【第1部 完】
◇ ◇ ◇
「殿下、報告です」
影の一人が僕のところに来た。夕暮れに染まる窓の外を眺めながら、その気配の方へ向き直る。真っ黒い装束に身を包んだ男が、部屋の隅に隠れるように跪いていた。
「魔石の件か」
「隣国が我が国の鉱山を採掘していると——しかも、記録にない場所で」
「本当か。引き続き裏を取れ」
「はっ」
影はそう短く言うと姿を消す。
影か……。さっきまで影が跪いていた場所を見つめる。跡形もない。
あの時、倉庫で見た者達が頭をよぎった。あの動き、あの練度——只者ではなかった。
(影も)優秀な手駒だが、その数も激減しているという。
それにしても無断採掘とは厄介だな。夕闇が迫った窓に目を向けた。
——なぜ“そんな場所”が、今になって見つかる。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
めっ!組の活躍とともに、第1部はひとまず区切りとなりました。
第2部では新たな顔ぶれも加わり、ルリアの世界がさらに広がっていきます。
続きをどうぞお楽しみに!
また覗いていただけたら嬉しいです。




