33 華麗なる撤収
終わったはずの騒ぎの奥に、まだ小さな気配が潜んでいました。
静かな夜が、そっと次の物語を呼び寄せようとしています。
少年は私を抱き上げたまま、倉庫の重い鉄扉へと歩み寄った。
まだ10代に入ったばかりの細い体なのに、私を抱いてもびくともしない。
……体幹、しっかりしてるのね。
「ルリア、重いでしゅよ。自分で歩くでしゅよ」
少年は面白そうに目を細める。
「君は面白いね。……でも、足元が危ないから」
そう言いながらも私を降ろす気配はなく、彼は片手で倉庫の扉を押した。
鍵がかかっているはずの扉は、――音もなく、あっさりと開いた。
……うん、たぶんもう終わってるわね。
(レオンたちが“掃除”した後だもの)
そんなことを知らない少年たちは、剣の柄に手をかけ、用心深く中へと踏み込む。
「……ッ!?」
中に入った瞬間、少年と従者の足が止まった。
そこには、異様な光景が広がっていたからだ。
「姫様! ここに凄いのがあるっすよ!」
薄暗い倉庫の奥、階段の上で、カステラ屋の制服のスカートを翻しながらウィズが呑気に手を振っていた。
その足元には、木箱から溢れ出した不思議な機械――魔道具が転がっている。
……違和感しかないんだけど、ウィズ。
「王城から盗まれたものでは……?」
従者のテオが息を呑む。私を抱いている少年が、鋭い視線でそれを確認し、静かに頷いた。
もしや、この子たちも関係者?
……それにしては、ずいぶん物騒な代物だけど。
倉庫のさらに奥には、同じくスカート姿のケルンと、普段着のジャックが立っていた。っていうことは今日のカステラ屋さんのお当番は、ウィズとケルンだったのね。いまだ女装は鉄則だ。
ジャックとケルンの足元には、屈強な男たちが6人、無様に転がされていた。
ただ縛られているだけじゃない。男たちは皆、ガタガタと震え、何かに怯えるように天井の梁の方を見上げている。
(……レオン、何をしたの。あとで詳しく聞かなくちゃ)
「姫様、これどうします? 『ゴミ』は片付けときましたけど」
ジャックが男たちを顎でしゃくって私に聞く。
「……姫様?」
私を抱いている少年が、怪訝そうに聞き返してくる。その青い瞳が、探るように私を見つめた。
ほんの一瞬、説明のつかない違和感が、その瞳に影を落とした。
いけない、身バレは厳禁よ。私は一生懸命かぶりを振った。
「ただのあだ名でしゅよ! ジャック、そうでしゅよね?」
「ああ、そうだ。俺たちにとっては、国一番の『大事な姫様』なんだ。地位や血筋――そんなちっぽけな話じゃねえ」
ジャックの言葉に、ケルンも無言で深く頷いた。
その言葉の重みに、少年と従者がわずかに息を呑む気配がした。
「……この者たちは、こちらに引き渡してもらいたい。これは国家に関わる事案だ」
従者のテオが、威厳を取り戻そうとするようにケルンへ告げる。
けれど、ケルンたちは動かない。彼らの視線は、ただ一点――私の顔だけに注がれている。
一応、私が主なの。許可がなければ、王様の命令だって聞かない。それが彼らだ。
ふふふ……。なんだかカッコいい。ここはボスとしての見せ場ね。
「いいでしゅよ。悪いことした人は、お兄ちゃんたちが連れて行ってくだしゃい」
私が小さく頷くと、ケルンがスッと片手を上げた。
「――任務終了。撤収する。ウィズ、魔道具は置いていけ。いいな」
ウィズが「えー、分解したかったのに」と残念そうに箱を置く。
私は手を伸ばして、少年からケルンの腕の中へと移った。
ふと視線を上げると、倉庫の梁の上、闇に紛れるようにしてレオンがこちらを見下ろしていた。
――すべてを見透かすような、静かな目で。
その視線を見た瞬間、胸の奥がひゅっと冷えた。
(……さっき見えた景色と、つながってる)
冷ややかなその目は――まるで「遅い」と言っているみたいだった。
私は最後に、転がされている男たちを見た。
その中に1人、上等な紳士服を着た男がいた。きっと彼が今回の元締め――つまり、不倫男に違いないわ!
私は彼を指差して、プンプンと頬を膨らませた。
「めっ! でしゅよ! 奥様がいるのに、コソコソ悪いことしちゃ、めっ! でしゅ!」
紳士服の男はキョトンとし、2人の少年も不思議そうな顔をした。
「いつもの姫様だ」とジャックが小声で呟くのが聞こえる。
「……奥様? 国家への裏切りではなく?」と従者のテオが呆然と呟く。
「……この子は、本当に何者なんだ」
私を抱く少年が小さく呟いたけれど、私にはよく聞こえなかった。
現場(情事)を押さえられなかったのが唯一の心残りだけど、まあ、皆が無事なら良しとしよう。
ルリアは大人だからね。――引き際は鮮やかなのよ。
私はケルンの腕の中から、銀髪の少年に向かってニッコリと手を振った。
「パパ、バイバイでしゅ!」
「……っ、だからパパじゃないと言っているだろう」
少年は苦笑しながらも、その青い瞳を、いつまでも私から離さなかった。
まるで――本当の正体を知るまで帰らない、と言うみたいに。
「レオン、パス。この服動きにくいんだ」
ケルンの言葉に私はギョッとする。次の瞬間、私は宙を舞った。
『投げるな! 危険!』
絶対にそんなポップアップが私の頭上に出ているはずだわ!
「私はボールじゃないでしゅよ〜〜! 優しくするでしゅよ〜〜〜!」
倉庫の中に虚しく私の声が響いた。
「カッコよく去るはずなんでしゅよ〜〜!」
唖然とする少年たちの顔が、視界の端に見えた気がした。
こうして今回の騒ぎは幕を閉じた。
……でも、帰ったらお店がボコボコに壊されてる、なんてオチじゃないわよね?
お店が──。
静かに終わったはずの夜に――
ほんの小さなざわめきだけが、残っていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
静かに幕を閉じたはずの夜――
けれど、まだ小さなざわめきが残っています。
続きとなる第34話は、4月29日より再開予定です。
お休み明けの展開を少しだけ先取りできる“特報”を活動報告に載せています。
気になる方は、ぜひ覗いてみてくださいね。




