第九章 手取りの減る朝、息を取り戻す日々
話は少し前に戻る。橋間さんに電話をかけるまでの三日間、『はざま文庫』の募集要項を、私は通勤バッグに入れたまま持ち歩いた。
紙には、火曜、木曜、土曜の週三日。午前十一時から午後七時半。時給千二百円。交通費は一日千円まで、とあった。仕事内容は開館準備、貸出記録、寄贈本の整理、掃除、月一回の読書会の補助。社会保険も賞与もない。
電卓を叩くまでもなく、今の給与とは比べものにならなかった。
水曜日の夜、私は木目調のテーブルに郵便物を置き、ノートを開いた。手取り、家賃、光熱費、通信費、奨学金の返済、食費、日用品。口座の履歴を見ながら、一円単位まで書き出していく。
途中、化粧品のサブスクリプションの欄で手が止まった。三か月前に登録して、一度も使っていない。二千九百八十円。会社員の給料の中では見えなかった無駄が、ノートの上では一行ずつ輪郭を持つ。時計は、いつの間にか零時を回っていた。
図書館だけで暮らすのは無理だった。毎月、少なくとも九万円足りない。貯金は二百八十万円ほどあるが、それを生活費に崩せば、病気や引っ越しには耐えられない。
翌日の昼休み、前職の先輩だった高瀬にメッセージを送った。二年前に独立し、小さな制作会社を経営している人だ。
『急な相談ですみません。販促資料やSNS運用の業務委託は、今後需要があると思いますか』
質問をぼかしたのは、退職を考えていると書く勇気がなかったからだ。
返信は夕方に来た。
『需要はある。でも、会社員の月給みたいに毎月同じ額が入ると思わないほうがいい。もし本気なら、一度ポートフォリオを見せて』
期待していた「大丈夫」という言葉はなかった。代わりに、現実へ続く細い道が一本だけ示された。
その夜、私は過去の企画書を開いた。社外秘の数字や画像は使えない。自分が担当した仕事を、公開できる範囲で説明し直す必要があった。三時間かけて作った最初のページは、驚くほど薄かった。
会社の看板を外すと、私の実績は輪郭を失った。けれど、何を考え、誰と調整し、どこで失敗を防いだのかを書き始めると、少しずつ自分の仕事が戻ってきた。
金曜の夜、母に電話をした。
「転職を考えてる」
切り出すと、受話器の向こうが静かになった。
「長野へ帰るの?」
「ううん。東京に残る。小さな図書館で働きながら、今の仕事も外から少し続けられないか考えてる」
母はすぐには答えなかった。鍋の蓋を置くような金属音が聞こえた。
「お給料は」
「かなり下がる」
「保険は」
「自分で入ることになると思う」
「真帆、それは、疲れてる勢いで決めてない?」
胸の中で準備していた反論が、一斉に立ち上がった。心配という形をした拘束に見えかけて、私は飲み込んだ。母は私の人生を狭めたいのではない。数字を知らないまま肯定できないだけだ。
「勢いで辞めないために、計算してる。来週、試しに一日だけ手伝わせてもらう。そのあとで決める」
父に代わった。
「退職金は出るのか」
最初の質問がそれだったので、少し笑ってしまった。
「たぶん、ほんの少し」
「失業したら帰ってくればいい、とは言わんぞ」
「え?」
「帰る場所があると思って雑に辞めるな。東京に残るなら、残るための算段をしろ。ただし、困ったときに電話するなという意味じゃない」
父らしい、不器用な二重否定だった。
電話を切ったあと、私は家計ノートに国民健康保険と国民年金の概算を書き足した。手元に残る額は、さらに減った。
翌日の土曜日、私は『はざま文庫』の引き戸を午前十時五十分に開けた。
橋間さんはすでに窓を開け、濡らした新聞紙を床へ撒いていた。
「今日は面接ではありません。お互いに、一日一緒にやってみましょう」
そう言って、古い帆布のエプロンを渡された。
最初の仕事は、返却された本を棚へ戻すことだった。分類番号はなく、棚には「遠くへ行く本」「眠れない夜の本」「手を動かしたくなる本」と手書きの札がついている。
「この旅行記は、遠くへ行く本ですよね」
「そう思うなら、そこへ。ここは正解が一つではないんです。ただし、置いた場所は記録してください。次に探せなくなりますから」
自由と無秩序は違う。その線を、橋間さんは短い言葉で引いた。
昼過ぎ、常連の小学生、航平がやってきた。昆虫図鑑を返し、次は宇宙の本を読みたいと言う。
私は張り切って、写真の多い新しい図鑑を差し出した。
航平は表紙を見て、首を振った。
「これじゃない。字が多いやつ」
「難しくない?」
「難しいから読むんだよ」
子ども向けなら写真が多いほうが喜ばれる。私は何の疑いもなく、販促の仕事で身につけた「対象者像」を彼に当てはめていた。
橋間さんは助け舟を出さなかった。私は棚を探し直し、背伸びをして上段の分厚い本を取った。航平は満足そうに抱え、窓際へ行った。
午後三時、寄贈本を持ってきた男性から「せっかく持ってきたのに、全部は置けないのか」と強い口調で言われた。
カビのある本、書き込みの多い参考書、古い雑誌。置く場所には限りがある。頭では分かっていたが、私は相手を傷つけない言葉を探しすぎて、説明が曖昧になった。
「つまり、いらないということだろう」
男性は段ボールを抱え直し、引き戸を強く閉めて帰った。
胸の奥が縮んだ。会社なら、寄贈基準や承認者の名前を盾にできる。ここでは、今の一言がそのまま、この場所への印象になる。
「追いかけなくていいんですか」
「追いかけて、置けない本を受け取るんですか」
橋間さんの声は厳しかった。
「善意を断るのは、受け取るより難しい仕事です。次に来てくださる可能性を残しながら、できないことは、できないと伝える。ここで働くなら覚えてください」
私は床に置かれた段ボールの跡を見つめた。静かな図書館でも、断った相手の表情は残る。
閉館後、床を掃いていると、橋間さんが尋ねた。
「どうでした」
「思っていたより、ずっと難しかったです」
「それなら、見込みがあります。簡単だと言う人には任せられません」
橋間さんは、火曜と木曜にも一度ずつ来てみるよう提案した。有給では足りないため、私は会社のフレックスタイムと半休を組み合わせた。
火曜日の試し勤務は、会社の午前半休を取って参加した。午前十一時の準備から入り、午後二時にはオフィスへ戻らなければならず、私は何度も時計を見た。
開館してすぐ、雨に濡れた女性が入ってきた。傘を畳んだまま棚の前に立ち、十分ほど本を見て、何も借りずに帰った。
「声をかけなくてよかったんでしょうか」
「何を伝えたかったんですか」
「探している本があるかもしれないと」
「一人になりたくて来る人もいます。親切は、相手の沈黙を奪うことがあります」
販促の現場では、来店した人へ行動を促すことが仕事だった。立ち止まった人には商品を示し、離れそうな人には別の提案をする。何もしないことを選ぶには、観察と我慢が必要だった。
午後一時、私はエプロンを外し、駅まで走った。電車の中でパンを食べ、会社の化粧室で口紅を引いた。午前と午後の自分が、鏡の前でうまく重ならなかった。
その日の夕方、急な修正依頼が入り、私は午後九時まで残業した。図書館の仕事と組み合わせれば余裕が生まれる、と簡単に考えていたが、仕事は予定表の空欄を見つけると、そこへ広がってくる。
二回目の試し勤務では、貸出記録を一件、別の利用者の欄へ入力してしまった。夕方、台帳を繰っていた橋間さんの手が止まり、「ここ、お名前が違いますね」と静かに言った。謝る前に、まず訂正の書き方を聞かれた。会社なら上書きで済む修正が、ここでは二重線と日付、訂正印という手順を踏む。
三回目には、読書会の告知画像を作ったが、文字を詰め込みすぎて「ここでは、立ち止まって読む時間も含めて案内です」と作り直しを命じられた。
私は、会社で身につけた技能がそのまま通用すると思っていた。実際には、役立つものもあれば、邪魔になる癖もあった。
それでも帰り道、疲れは身体の外側にあった。会社から帰る夜のように、自分の中心まで空になる感じはしなかった。
高瀬とのオンライン面談は、六月最後の日曜日に行った。
ポートフォリオを画面共有すると、彼女は三ページ目で止めた。
「これ、きれいだけど、長谷川さんが何をしたのか分からない」
「全体の進行と、外部業者との調整を」
「そこを書かないと。会社員は『私がやりました』って言いすぎない訓練を受けるけど、個人で仕事を取るなら、やったことを自分の言葉で説明しないと伝わらないよ」
耳が痛かった。私はその夜、企画書の背景、問題、判断、結果を一件ずつ書き直した。
修正版を送ると、高瀬から短い返事が来た。
『だいぶ分かるようになった。でも、成果の数字だけじゃなく、失敗した判断も一件入れて。依頼する側は、うまくいかなかった時にどう動く人かを見たいから』
失敗を隠すことで評価を守ってきた私には、難しい注文だった。
私は入社二年目の案件を書いた。確認不足で配信日を一日誤り、店舗スタッフへ訂正を依頼したこと。その後、日付を二人で確認する工程を作ったこと。文章にすると、当時の羞恥が戻ってきた。
送信して十分後、高瀬から『これでいこう』と返ってきた。
二日後、高瀬から月四万円の仕事を一件紹介された。化粧品会社のメールマガジンとSNS投稿案の作成。期間は三か月。更新の保証はない。
月四万円は、会社員だった私には心細い額だった。けれど、自分の名前で初めて提示された金額でもあった。
七月一日、佐久間の会議室へ入った。
昇進の回答期限だった。私は手帳の間に退職願を挟んでいた。
「リーダーの件、お受けできません」
佐久間は椅子の背にもたれた。予想していたのか、驚きは見せなかった。
「それで、辞めるのか」
「はい。七月末で退職させてください」
「次は決まっているのか」
図書館の時給と、三か月だけの業務委託を「決まっている」と呼んでいいのか迷った。
「小さな仕事を、いくつか組み合わせます。収入は下がります」
「もったいないな」
佐久間は資料の端を揃えた。
「でも、俺がもったいないと言うのは、会社にとってだ。君にとって何がもったいないかは、俺には決められん」
退職願を差し出す指が震えた。収入や肩書きだけでなく、由衣たちと築いた関係も、慣れた仕事の手触りも、この席と一緒に手放すことになる。退職すれば、いずれ会社からの定期的な給与は途絶える。私は紙の端を揃え直した。
「引き継ぎは最後までやります」
「当然だ」
佐久間はそう言い、退職願を受け取った。それから、薬局の袋を引き出しへしまった。
退職を伝えた夜、私はほとんど眠れなかった。佐藤さんが相談に来たとき、自分なら答えられた問いを、今度は誰が引き受けるのだろう。もう考える立場ではないと分かっても、頭の中で手順を組み立ててしまった。
午前三時、転職サイトを開き、今より条件のいい求人を三件保存した。応募ボタンに指を置き、押さずに画面を閉じる。決断したからといって、不安が消えるわけではなかった。
翌朝、鏡の中の自分はひどい顔をしていた。私はパンプスを履き、いつもどおり会社へ向かった。
七月の一か月は、感傷に浸る暇もなく過ぎた。
佐藤さんと引き継ぎ資料を作り直した。私の手順を渡すのではなく、彼女自身が判断できる形に変えた。会議では佐藤さんに先に説明してもらい、私は足りない部分だけを補った。
最終週、サマー・キャンペーンの取引先から問い合わせが入った。佐藤さんは私を見ずに、自分で確認し、自分の言葉で返答した。相手は一度で納得した。
以前なら胸に穴が開いたかもしれない。今は、その横顔を見て、手帳の付箋を思い出した。
最終出社日、由衣は泣きながら「本当に結婚じゃないんですね」と確認し、佐藤さんは直接雇用が決まったことを教えてくれた。
佐久間は送別会には来なかった。代わりに、私の机に胃薬と同じ薬局の小さな袋が置かれていた。中には靴擦れ用の絆創膏が入っていた。
付箋には、『次は倒れる前に休め』とだけ書かれていた。
私は笑い、付箋を手帳の最後のページへ貼った。
退職日までに、業務委託の契約書も届いた。報酬は月末締めの翌々月払いだった。最初の入金は十月になる。
私はその事実を契約書の六ページ目で知り、慌てて家計ノートを開いた。八月と九月は、図書館の給与と貯金だけで暮らさなければならない。
賃貸契約の更新料、住民税、保険料。これまで意識せずに済ませていた支出や、給与から天引きされていた負担が、家計ノートの上で一つずつ現実の金額になっていく。
退職を撤回できないかという考えが、初めて具体的に浮かんだ。
翌朝、佐久間の会議予定を確認した。午前十時から十一時まで空いている。話すならそこだと思った。
私は会議室の予約画面を開き、閉じた。
契約書を読み落とした自分の甘さと、働き方を変える決断そのものは別だ。貯金から二か月分を取り崩し、十月までの支出を週単位で決めた。外食費と服飾費を削り、スマートフォンの料金プランを変えた。
昼休み、佐久間の空いていた一時間は別の会議で埋まった。私は予約画面を閉じ、契約書へ署名した。
その夜、奈津美さんへ『自由には請求書が届く、という意味が少し分かりました』と送った。
翌朝、『分かった気になるのは、三通目が届いてからです』と返ってきた。私は電車の中で声を出して笑った。
社員証を返し、ビルを出る。八月の熱気が肌へまとわりついた。
自由になった、とは思わなかった。来月の収入も、半年後の仕事も、まだ不確かだった。
ただ、明日の午前十一時に、自分で選んだ場所の鍵を開ける。その予定だけは確かだった。




