最終章 透明な私を、抱きしめて歩く
九月の終わりの東京。帰省から三か月余り、七月末の退職から二か月近くが過ぎた。街は夏の熱をようやく手放し、朝夕の風に、かすかな秋の匂いが混じり始めていた。
窓際の机に置かれた一輪挿しのコスモスが、開けた窓から入る風に揺れていた。千代田線の駅からほど近い住宅街の一角にある、小さな私設図書館。『はざま文庫』は、今の私が週に三日、働く場所になっている。
残りの二日は、高瀬から紹介された仕事と、前職の取引先から直接依頼された販促資料を作っている。月によって仕事量は揺れる。八月も九月も図書館の給与だけでは生活費に届かず、不足分は貯金から補った。委託報酬の最初の入金は十月になる。国民健康保険の納付書を見て溜息をつく夜もある。
退職を後悔したことが一度もない、と言えば嘘になる。忙しい日に昼食を買う金額まで考えたときや、友人の賞与の話を聞いたとき、会社員だった頃の安心が恋しくなる。
それでも、戻りたいかと自分に尋ねると、答えはまだ「今は違う」だった。その答えを、一生分の誓いにしなくていいことも覚えた。
背後から、大学生のアルバイトの子が声をかけてきた。
「長谷川さん、返却された本、こっちで合っていますか」
棚を見ると、一冊だけ「眠れない夜の本」が「遠くへ行く本」に混じっていた。
「これは、たぶんこっち。でも、置いた人には旅の本だったのかもしれないね」
私が言うと、橋間さんがリストから顔を上げた。
「迷ったら記録。感傷はそのあとです」
「はい」
二か月働いても、私はまだ注意される。けれど、注意された自分を価値のない人間だと思わずに済むようになった。
カウンターの奥では、館長の橋間さんが老眼鏡をずらして寄贈本のリストを作っている。
常連の航平は、三週間かけて分厚い宇宙の本を読み終えた。返却するとき、「最初に簡単な本を出した人だ」と私を指さした。
「もう覚えてるから、言わなくていいよ」
「次はもっと難しいの探して」
私は笑って、上段の棚を見る。誰かに合うものを、自分の思い込みではなく、その人の言葉を聞いて探す。それは販促企画より小さな仕事に見えて、同じくらい難しかった。
それに、地元のあの澄み切った静寂は、ときどき今の私には「正解」を突きつけてくるようで、息苦しくなることがある。
母からは週に一度、夕食の写真が送られてくる。父は電話に出ても相変わらず天気の話しかしない。真紀とは、次に帰省したら一人で温泉へ行こうと約束した。子どもを夫に任せる交渉は、真紀自身がすることになっている。
私たちはそれぞれの生活を捨てずに、少しずつ隙間を作ろうとしていた。
九月最初の土曜日、私が企画した小さな読書会を開いた。テーマは「遠くへ行かない旅」だった。SNS用の画像を作り、近所の店にも案内を置いた。
定員は八人。申し込みは六人あった。
当日、開始時刻までに来たのは二人だけだった。雨が強く、三人から欠席の連絡があり、一人は連絡もなかった。
空いた椅子を見た瞬間、数字が足りないことを失敗と判断する、昔の癖が戻った。私は用意した資料を鞄へしまいたくなった。
橋間さんは湯を沸かし、三人分のカップを並べた。
「二人も来たんですよ」
その言葉は慰めではなかった。ここでは、目の前にいる二人が参加者の全員だった。
読書会は予定より長く続いた。一人は夫を亡くしてから遠出をしなくなった女性で、もう一人は就職活動中の大学生だった。二人が選んだ本はまったく違ったが、「知らない町の朝を想像するのが好き」という一点で話がつながった。
終了後、大学生が「次も来ていいですか」と聞いた。
私はようやく、空いた椅子から目を離した。
会社なら、参加率三十三パーセントと報告したかもしれない。ここでその数字を無視するつもりはない。欠席理由を確認し、次回は雨天時にオンライン参加できる方法を考える必要がある。
ただ、数字だけでは残らない二時間が確かにあった。
先月、奈津美さんから短いメッセージが届いた。
『冬に向けて薪を割っています。今年は薪割り機を買いました。文明の利器は正義です』
写真には、山積みの薪と、相変わらずひび割れた手が写っていた。
私は『すごい』と返し、それから少し考えて、『次に帰省したら、また行きます。今度はタルトを二つ食べます』と付け足した。
既読はすぐについて、しばらくして、『お待ちしています』とだけ返ってきた。
閉館間際、高瀬から電話が入った。委託先の予算が見直され、来月から投稿本数を半分にしたいという。
「報酬も半分になりますよね」
「そうなる。急でごめん」
胸の内側が冷えた。家計ノートでは、その四万円を三か月間、同じ額で見込んでいた。
「分かりました」と答えかけて、私は一度息を吸った。
「本数を半分にする場合、企画と分析は残ります。単純に半額では受けられません。作業範囲を整理して、明日ご相談してもいいですか」
高瀬は一瞬黙り、「もちろん」と答えた。
電話を切ると、手のひらに汗が滲んでいた。会社員の頃なら、予算交渉は組織の名前でできた。今は、自分の生活に必要な金額を、自分の口で伝えなければならない。
橋間さんが戸締まりの札を裏返しながら、「顔が青いですよ」と言った。
「来月の仕事が減りそうで」
「そうですか」
それ以上、慰めはなかった。橋間さんは毎年、助成金の結果を待ちながら、この戸を開けてきた人だ。
帰宅後、私は契約内容と作業時間を書き出した。投稿本数が減っても、企画会議と月次分析の負担は大きく変わらない。翌日の打ち合わせで説明し、報酬は三万円で合意した。
一万円減った。それでも、反射的に半額を受け入れるよりはよかった。
安定を手放せば、すぐ自分らしくなれるわけではない。不安のたびに条件を確かめ、言葉にし、時には断る。
閉館の時間になり、私は戸締まりをして外に出た。
日曜日は、できるだけ仕事を入れないと決めている。退職した直後は、空いた一日が怖かった。働く時間を減らすために辞めたのに、予定表に白い欄があると、何か仕事を探さなければならない気がした。
最初の日曜日、私は朝から洗濯をし、床を拭き、ポートフォリオを直した。正午にはすることがなくなり、転職サイトを開いた。以前より条件のいい求人を見つけ、保存した。
午後三時、真紀から電話があった。
「休みの日まで仕事探してるの?」
「探してるわけじゃなくて、見てるだけ」
「それを探してるって言うんだよ」
電話の向こうで、子どもたちが騒いでいた。真紀は土曜研修を終え、信用金庫への週二日の復職を検討しているという。
「怖くない?」
「怖いよ。仕事もだけど、家のことを旦那に任せたら、私より雑にやるのを見るのが怖い」
私は笑った。
「笑うところじゃないからね。でも、私と同じやり方じゃなくても、子どもが死ぬわけじゃないって練習してる」
任せる練習をしているのは、私だけではなかった。
真紀との電話を切り、私は保存した求人を削除しなかった。選択肢として残しておくことと、今すぐ逃げ込むことは違う。
その代わり、パソコンを閉じて散歩へ出た。目的地を決めずに歩き、小さなパン屋で塩パンを買った。店先のベンチで食べると、焼きたての生地は指に油を残した。
写真は撮らなかった。どこにも投稿しない午後は、記録に残らない代わりに、身体の中へ静かに沈んだ。
二度目の日曜日には、美術館へ行った。三度目は昼まで眠った。昼まで眠った自分を責めずにいられるまで、さらに二週間かかった。
時間ができれば、自然に丁寧な人間になれると思っていた。実際には、散らかった部屋で一日を終えることもある。総菜を立ったまま食べる夜もある。
暮らしが変わったのは、毎日が美しくなったからではない。うまくできない日を、人生全体の失敗に数えなくなったからだ。
帰り道、少し遠回りをして代々木公園に寄る。
かつては「キラキラした私」を演出するための背景でしかなかったこの場所が、今はただの、土と草の匂いがする場所だ。
ベンチに座り、スニーカーの足を投げ出す。周囲には、ジョギングをする人、楽器を練習する人、ぼんやり空を見上げる人がいる。誰もが、自分の時間を自分のために使っている。
ふと、隣のベンチで、スマートフォンを食い入るように見つめながら溜息をついている若い女性が目に留まった。
スーツの着こなしからして、たぶん新入社員だろう。指先は、誰かの煌びやかな投稿をスクロールしている。その横顔には、かつての私が抱えていたのと同じ、置いていかれることへの焦りが滲んでいた。
声をかけようかと思って、やめた。
九年前の私が同じことを言われても、たぶん何も分からなかったし、それどころか少し腹を立てただろう。
彼女は私に気づかないまま、やがてスマートフォンをバッグにしまい、立ち上がって駅の方へ歩いていった。その背中を、私は見送った。
私は立ち上がり、大きく伸びをした。
夕日に照らされたビル群が、オレンジ色に光っている。
以前はあの光ひとつひとつが、私を急かすカウントダウンに見えたけれど、今はただ、街が呼吸している証拠のように感じられる。
歩き出した足取りは、六月より軽かった。ただし、どこへでも行けるほど軽いわけではない。家賃も仕事も、明日の開館準備も背負っている。その重さを、自分で選び直せると思えることが嬉しかった。
すり減ったヒールの音ではなく、柔らかなスニーカーが地面を叩く、一定の、私自身の歩幅。
あのパンプスは、まだ玄関の下駄箱にある。捨ててはいない。人前に出る日には、たぶんまた履く。
違うのは、それを脱ぐ場所と時間を、私が決めているということだ。
駅へ向かう道すがら、ショーウィンドウに映った自分と目が合った。
交差点の信号が青に変わった。
私は、少し冷たくなった風を胸いっぱいに吸い込み、柔らかな靴底で地面を確かめながら、一歩を踏み出した。




