第一話
第一話 君と出会った春
1.少しだけ、勇気を出して
翌朝。
月ケ丘学園の校門前は、登校してきた生徒たちの声で賑わっていた。
ルナは校門の手前で立ち止まり、制服のリボンをそっと直した。茶色のリボンをきゅっと髪に結んで鏡をみてよく観察する。
「……よし」
自分に言い聞かせるようにつぶやく。
新しい一日。
いつもと同じ学校。
そう思おうとしても、胸の奥には小さな不安が残っていた。
人付き合いは、決して得意ではない。
たったそれだけの、何気ない挨拶。
それなのに。
相手の顔色をうかがいすぎてしまうし、強い口調で話しかけられると、どう返事をすればいいのか分からなくなる。
それでも、変わりたいと思っていた。
誰かと仲良くなりたい。
何気ないことで笑い合える友達がほしい。
そして、いつか――。
「……いけない。ぼんやりしてた」
ルナは小さく首を振り、校舎へ向かって歩き始めた。
そのときだった。
「あ、悪い。」
曲がり角から出てきた男子生徒と、肩が軽くぶつかった。
ルナの手から、持っていたノートが滑り落ちる。
「あっ……!」
慌てて拾おうとした、その前に。
男子生徒がノートを拾い上げた。
「…ほら」
差し出されたノートを、ルナは両手で受け取る。
「あ、ありがとう。ございます」
「……怪我してない?」
「だ、大丈夫です」
顔を上げた瞬間、ルナは彼の瞳を見た。
落ち着いた、青みを帯びた瞳。
必要以上に踏み込んでこない、穏やかな表情。
彼はルナが戸惑っていることに気づいたのか、それ以上急かすことなく待っていた。
「そうか、ならよかった」
そう言って、彼は微笑んだ。いや、口角をあげただけかもしれない。
「俺、黒瀬蓮。君は?」
「……白月、ルナです」
「……白月か。よろしく」
たったそれだけの、何気ない挨拶。
それなのに。
「……よろしく、お願いします」
ルナはなぜか、すぐに目をそらせなかった。
蓮は軽く手を振ると、校舎の中へ歩いていった。
その背中を、ルナはしばらく見つめていた。
「……優しい人、だったな」
胸の奥が、ほんの少しだけ温かかった。
もちろん、この時点では恋だなんて思っていない。
ただ、もう一度話してみたい。
そんな小さな気持ちが、ルナの心に芽生えていた。




