7、守ってくれているのに
「お義姉様が、クロード殿下と一緒ですって?」
ヴァレンティア公爵家に、甲高い声が響き渡る。
声の主は、リゼリアの義妹――ローズだった。
「厄介者がいなくなったと思ったら、今度は第二王子に取り入ったの?」
苛立ちを隠そうともせず吐き捨てる。
そんな娘を見ながら、義母は扇子で口元を隠し、くすりと笑った。
「リゼリアは昔から顔だけは良かったもの。男受けするのよ」
「本当に嫌になるわ……」
ローズは不満げに唇を尖らせる。
魔力を失い、婚約も破棄された女。もう終わった存在だと思っていたのに。
まさか王族に囲われているなど、面白いはずがない。
けれど義母はどこか余裕ありげだった。
「でも安心なさい、ローズ」
優しく娘の頬へ触れる。
「殿下も、あなたに会えばきっと良さが分かるわ」
「お母様……!」
ぱっとローズの表情が明るくなる。
「リゼリアより、あなたの方がずっと可愛らしいもの」
「ふふ……そうかしら」
頬を染めるローズに、義母は満足そうに頷いた。
「せっかくの機会ですもの。ご挨拶へ行きましょう?」
その瞳には、打算的な光が浮かんでいた。
***
今日はクロード殿下の公務が落ち着いているらしく、私は彼の私室でティータイムを過ごしていた。
「体調はどうだ?」
優しげな赤い瞳が、まっすぐ私を見つめる。
ティーカップを持つ仕草一つとっても美しく、思わず見惚れてしまいそうになるほどだった。
「はい。殿下のおかげで、すっかり調子が良くなりました」
それは本心だった。
毎日魔力供給をしてもらっているおかげで、身体は驚くほど楽になっている。
……それなのに。
胸の奥に沈む閉塞感だけは、どうしても消えなかった。
けれど、それを口にすることはできなかった。
助けてもらっているのは事実なのだから。
「リゼリアが元気でいてくれるだけで、俺は嬉しい」
甘い声音でそう囁かれ、胸が小さく揺れる。そこにある好意は、疑いようもなく本物だった。
だからこそ、苦しい。
「……ありがとうございます」
その時だった。
コンコン、と部屋へノックの音が響く。
クロード殿下は静かに立ち上がると、そのまま扉の方へ向かった。どうやら従者と話しているらしい。
しばらくして戻ってきた彼は、先ほどまでとは少し違う真剣な表情を浮かべていた。
「……君の義母と義妹が来ている」
「……え?」
思わず目を見開く。
「君に会いたいそうだ」
あの二人が?
私を疎ましく思っていたはずの義母とローズが、わざわざ王宮まで?
嫌な予感しかしない。
「もちろん、俺も同席する」
クロード殿下は私の様子を窺うように視線を向けた。
「会いたくないなら断ってもいい。君の好きにしていいんだ」
その言葉に、一瞬迷う。
けれど、何を考えているのか分からないままの方が、ずっと気味が悪かった。
「……会いますわ」
そう答えると、クロード殿下は静かに頷いた。
***
応接室へ向かう途中、私はふと廊下の窓へ視線を向ける。
王宮の庭園が、陽光を浴びてきらきらと輝いていた。
……外に出たのは、久しぶりだった。
皮肉なことに、義母たちのおかげで部屋の外へ出ることができたのだ。
そんなことを考えているうちに、応接室の扉が開かれる。
部屋へ入ると、すでに義母と義妹のローズが待っていた。
ローズは私の姿を見た瞬間、露骨に顔を歪めかけ――けれど、隣に立つクロード殿下へ視線を向けた途端、ぱっと表情を変えた。
「まあ……! クロード殿下、お初にお目にかかります」
先ほどまでの険しい顔など嘘だったかのように、花が咲くような笑みを浮かべて礼を取る。
(……なるほどね)
思わず心の中で苦笑する。
目的は私ではない。最初から、クロード殿下に取り入るつもりだったのだ。
義母もまた、柔らかな笑みを浮かべながら口を開く。
「本日はお時間をいただきありがとうございます。まさか殿下自らリゼリアを保護してくださるなんて……」
“保護”。
その言葉に胸がざわつく。
まるで私は、一人では生きられない無力な存在だと言われているようだった。
……けれど、否定できなかった。
今の私は、クロード殿下に支えられて生きているのだから。
「リゼリアは昔から少し気難しいところがありまして……。殿下にご迷惑をおかけしていないか心配しておりましたの」
「お義母様……」
白々しい。思わず声が漏れた。
けれど義母は困ったように眉を下げるだけだった。
「魔力も失ってしまいましたし、精神的にも不安定になりやすいのかもしれませんし……」
その瞬間、ローズが小さく笑った。
「お義姉様ったら、昔は完璧であろうと必死でしたものね」
くすくす、と悪意を隠そうともしない笑い声だった。
「私はお義姉様ほどではありませんけれど、アカデミーでも優秀な成績を残しておりますの」
得意げに微笑みながら、ローズはわざとらしく続ける。
「今のお義姉様には、もう関係のない話かもしれませんけれど――」
次の瞬間だった。空気が、ぴたりと凍りつく。
「――言いたいことは、それだけか?」
クロード殿下の低い声が鋭く落ちる。思わず肩が震えた。
クロード殿下は穏やかな笑みを浮かべたまま、ローズを見下ろしていた。けれど、その赤い瞳だけは少しも笑っていない。
「言葉には気をつけろ」
静かな声音なのに、背筋が凍るほど冷たかった。
「リゼリアを侮辱するつもりなら、ここへ通したのは間違いだったな」
静かな口調なのに、背筋が凍るほど冷たい。
ローズの顔がみるみる青ざめていく。
「も、申し訳ありません……! そのようなつもりでは……」
「そうか」
クロード殿下はそれ以上追及せず、静かに紅茶へ口をつけた。
けれど義母とローズは、完全に怯えてしまったようだった。
その様子を見つめながら、私は小さく息を呑む。
……殿下は、私を守ってくれている。
あの家では、誰も味方などしてくれなかったのに。
胸の奥が、じわりと熱を帯びていく。
安心する。救われているのだと、ちゃんと分かる。
(……なのに)
クロード殿下の隣にいると、時折息が詰まりそうになるのは……どうしてなのだろうか。
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