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魔力を失い婚約破棄された令嬢ですが、執着王子から逃げた先で人生やり直します  作者: ゆにみ


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7/22

7、守ってくれているのに

 「お義姉様が、クロード殿下と一緒ですって?」


 ヴァレンティア公爵家に、甲高い声が響き渡る。


 声の主は、リゼリアの義妹――ローズだった。


 「厄介者がいなくなったと思ったら、今度は第二王子に取り入ったの?」


 苛立ちを隠そうともせず吐き捨てる。

 そんな娘を見ながら、義母は扇子で口元を隠し、くすりと笑った。


 「リゼリアは昔から顔だけは良かったもの。男受けするのよ」


 「本当に嫌になるわ……」


 ローズは不満げに唇を尖らせる。


 魔力を失い、婚約も破棄された女。もう終わった存在だと思っていたのに。

 まさか王族に囲われているなど、面白いはずがない。


 けれど義母はどこか余裕ありげだった。


 「でも安心なさい、ローズ」


 優しく娘の頬へ触れる。


 「殿下も、あなたに会えばきっと良さが分かるわ」


 「お母様……!」


 ぱっとローズの表情が明るくなる。


 「リゼリアより、あなたの方がずっと可愛らしいもの」


 「ふふ……そうかしら」


 頬を染めるローズに、義母は満足そうに頷いた。


 「せっかくの機会ですもの。ご挨拶へ行きましょう?」


 その瞳には、打算的な光が浮かんでいた。



 ***



 今日はクロード殿下の公務が落ち着いているらしく、私は彼の私室でティータイムを過ごしていた。


 「体調はどうだ?」


 優しげな赤い瞳が、まっすぐ私を見つめる。


 ティーカップを持つ仕草一つとっても美しく、思わず見惚れてしまいそうになるほどだった。


 「はい。殿下のおかげで、すっかり調子が良くなりました」


 それは本心だった。

 毎日魔力供給をしてもらっているおかげで、身体は驚くほど楽になっている。


 ……それなのに。


 胸の奥に沈む閉塞感だけは、どうしても消えなかった。


 けれど、それを口にすることはできなかった。

 助けてもらっているのは事実なのだから。


 「リゼリアが元気でいてくれるだけで、俺は嬉しい」


 甘い声音でそう囁かれ、胸が小さく揺れる。そこにある好意は、疑いようもなく本物だった。

 だからこそ、苦しい。


 「……ありがとうございます」


 その時だった。


 コンコン、と部屋へノックの音が響く。


 クロード殿下は静かに立ち上がると、そのまま扉の方へ向かった。どうやら従者と話しているらしい。

 しばらくして戻ってきた彼は、先ほどまでとは少し違う真剣な表情を浮かべていた。


 「……君の義母と義妹が来ている」


 「……え?」


 思わず目を見開く。


 「君に会いたいそうだ」


 あの二人が?


 私を疎ましく思っていたはずの義母とローズが、わざわざ王宮まで?


 嫌な予感しかしない。


 「もちろん、俺も同席する」


 クロード殿下は私の様子を窺うように視線を向けた。


 「会いたくないなら断ってもいい。君の好きにしていいんだ」


 その言葉に、一瞬迷う。


 けれど、何を考えているのか分からないままの方が、ずっと気味が悪かった。


 「……会いますわ」


 そう答えると、クロード殿下は静かに頷いた。



 ***



 応接室へ向かう途中、私はふと廊下の窓へ視線を向ける。


 王宮の庭園が、陽光を浴びてきらきらと輝いていた。

 ……外に出たのは、久しぶりだった。


 皮肉なことに、義母たちのおかげで部屋の外へ出ることができたのだ。


 そんなことを考えているうちに、応接室の扉が開かれる。


 部屋へ入ると、すでに義母と義妹のローズが待っていた。


 ローズは私の姿を見た瞬間、露骨に顔を歪めかけ――けれど、隣に立つクロード殿下へ視線を向けた途端、ぱっと表情を変えた。


 「まあ……! クロード殿下、お初にお目にかかります」


 先ほどまでの険しい顔など嘘だったかのように、花が咲くような笑みを浮かべて礼を取る。


 (……なるほどね)


 思わず心の中で苦笑する。

 目的は私ではない。最初から、クロード殿下に取り入るつもりだったのだ。


 義母もまた、柔らかな笑みを浮かべながら口を開く。


 「本日はお時間をいただきありがとうございます。まさか殿下自らリゼリアを保護してくださるなんて……」


 “保護”。


 その言葉に胸がざわつく。


 まるで私は、一人では生きられない無力な存在だと言われているようだった。

 ……けれど、否定できなかった。


 今の私は、クロード殿下に支えられて生きているのだから。


 「リゼリアは昔から少し気難しいところがありまして……。殿下にご迷惑をおかけしていないか心配しておりましたの」


 「お義母様……」


 白々しい。思わず声が漏れた。

 けれど義母は困ったように眉を下げるだけだった。


 「魔力も失ってしまいましたし、精神的にも不安定になりやすいのかもしれませんし……」


 その瞬間、ローズが小さく笑った。


 「お義姉様ったら、昔は完璧であろうと必死でしたものね」


 くすくす、と悪意を隠そうともしない笑い声だった。


 「私はお義姉様ほどではありませんけれど、アカデミーでも優秀な成績を残しておりますの」


 得意げに微笑みながら、ローズはわざとらしく続ける。


 「今のお義姉様には、もう関係のない話かもしれませんけれど――」


 次の瞬間だった。空気が、ぴたりと凍りつく。


 「――言いたいことは、それだけか?」


 クロード殿下の低い声が鋭く落ちる。思わず肩が震えた。


 クロード殿下は穏やかな笑みを浮かべたまま、ローズを見下ろしていた。けれど、その赤い瞳だけは少しも笑っていない。


 「言葉には気をつけろ」

 

 静かな声音なのに、背筋が凍るほど冷たかった。


 「リゼリアを侮辱するつもりなら、ここへ通したのは間違いだったな」


 静かな口調なのに、背筋が凍るほど冷たい。


 ローズの顔がみるみる青ざめていく。


 「も、申し訳ありません……! そのようなつもりでは……」


 「そうか」


 クロード殿下はそれ以上追及せず、静かに紅茶へ口をつけた。

 けれど義母とローズは、完全に怯えてしまったようだった。


 その様子を見つめながら、私は小さく息を呑む。

 ……殿下は、私を守ってくれている。


 あの家では、誰も味方などしてくれなかったのに。


 胸の奥が、じわりと熱を帯びていく。

 安心する。救われているのだと、ちゃんと分かる。


 (……なのに)


 クロード殿下の隣にいると、時折息が詰まりそうになるのは……どうしてなのだろうか。

お読みいただきありがとうございます!

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