6、守ってくれているのに
今日はクロード殿下の公務が落ち着いているらしく、私は彼の私室でティータイムを過ごしていた。
「体調はどうだ?」
優しげな赤い瞳が、まっすぐ私を見つめる。
ティーカップを持つ仕草一つとっても美しく、思わず見惚れてしまいそうになるほどだった。
「はい。殿下のおかげで、すっかり調子が良くなりました」
それは本心だった。
毎日魔力供給をしてもらっているおかげで、身体は驚くほど楽になっている。
……それなのに。
胸の奥に沈む閉塞感だけは、どうしても消えなかった。
けれど、それを口にすることはできなかった。
助けてもらっているのは事実なのだから。
「リゼリアが元気でいてくれるだけで、俺は嬉しい」
甘い声音でそう囁かれ、胸が小さく揺れる。そこにある好意は、疑いようもなく本物だった。
だからこそ、苦しい。
「……ありがとうございます」
その時だった。
コンコン、と部屋へノックの音が響く。
クロード殿下は静かに立ち上がると、そのまま扉の方へ向かった。どうやら従者と話しているらしい。
しばらくして戻ってきた彼は、先ほどまでとは少し違う真剣な表情を浮かべていた。
「……君の父が来ている」
「……え?」
思わず目を見開く。
「君に会いたいそうだ」
婚約破棄を知らされた時には、あんなにも冷たく突き放した父が。
クロード殿下のもとにいると知った途端、こうして訪ねてくるなんて。
嫌な予感しかしない。
「もちろん、俺も同席する」
クロード殿下は私の様子を窺うように視線を向けた。
「会いたくないなら断ってもいい。君の好きにしていい」
その言葉に、一瞬迷う。
けれど、何を考えているのか分からないままの方が、ずっと気味が悪かった。
「……会いますわ」
そう答えると、クロード殿下は静かに頷いた。
***
応接室へ向かう途中、私はふと廊下の窓へ視線を向ける。
王宮の庭園が、陽光を浴びてきらきらと輝いていた。
……外に出たのは、久しぶりだった。
皮肉なことに、父が訪ねてきたおかげで部屋の外へ出ることができたのだ。
そんなことを考えているうちに、応接室の扉が開かれる。
部屋へ入ると、すでに父が待っていた。
私の姿を見た父は、一瞬だけ表情を動かしたものの、すぐに穏やかな笑みを浮かべる。
けれど、その視線は私ではなく、隣に立つクロード殿下へ向けられていた。
「娘がお世話になっております」
丁寧に頭を下げる姿は、公爵家で私を罵った人物とは別人のようだった。
(……なるほどね)
思わず心の中で苦笑する。
目的は私ではない。最初から、クロード殿下に取り入るつもりだったのだ。
「本日はお時間をいただきありがとうございます。まさか殿下自らリゼリアを保護してくださるとは……」
“保護”。
その言葉に胸がざわつく。
まるで私は、一人では生きられない無力な存在だと言われているようだった。
……けれど、否定できなかった。
今の私は、クロード殿下に支えられて生きているのだから。
「リゼリアは昔から少々気難しい娘でして……。殿下にご迷惑をおかけしていないか案じておりました」
白々しい。思わず息が漏れる。
父は困ったように眉を下げ、そのまま続けた。
「魔力も失い、精神的にも不安定でしょう。殿下は、娘を今後どのようなお立場で置かれるおつもりでしょうか」
次の瞬間だった。空気が、ぴたりと凍りつく。
「――言いたいことは、それだけか?」
クロード殿下の低い声が鋭く落ちた。
思わず肩が震える。
彼は穏やかな笑みは浮かべたまま。けれど、その赤い瞳だけは少しも笑っていなかった。
「言葉には気をつけろ」
静かな声音なのに、背筋が凍るほど冷たかった。
「リゼリアを侮辱するつもりなら、ここへ通したのは間違いだったな」
父の表情が強張る。
さらにクロード殿下は淡々と言い放った。
「金品の請求には、応じてやっただろう」
「……っ。申し訳ございません。そのようなつもりでは……」
「そうか」
クロード殿下はそれ以上追及せず、静かに紅茶へ口をつけた。
先ほどまで饒舌だった父も、すっかり押し黙ってしまう。
その様子を見つめながら、私は小さく息を呑む。
……殿下は、私を守ってくれている。
あの家では、誰一人として味方になってくれなかったのに。
胸の奥が、じわりと熱を帯びる。
安心する。救われているのだと、ちゃんと分かる。
(……なのに)
クロード殿下の隣にいると、時折息が詰まりそうになるのは……どうしてなのだろうか。
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