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魔力欠乏症と診断された公爵令嬢は、執着監禁王子から逃げ出した結果、最強魔導師と暮らすことになりました  作者: ゆにみ


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6、息が苦しい

 目を開けるとそこは見知らぬ部屋のようだった。


 上質な家具や絵画、どれも一級品に見える。


 (ここって、まさか……)


 すると、上から穏やかな声が降ってきた。


 「ここは、俺の部屋だ」


 「……えっ」


 予想はしていた。

 けれど、あまりにも自然に告げられて、言葉が追いつかない。


 困惑する私を見つめながら、クロード殿下は穏やかに微笑んだ。


 「そして――今日からは君の部屋でもある」


 「え……?」


 その言葉を聞いた瞬間、思考が止まるようだった。


 「な、何を言っておられるのです……?」


 思わず身を起こすと、彼は落ち着いた様子のまま続けた。


 「君は家を出るつもりなのだろう?」


 「……っ」


 「だが、貴族として生きてきた君が、一人で生活していけるのか?」


 痛いところを突かれ、言葉が詰まる。


 自立したい。

 そう思ったのは本心だ。


 けれど実際には、何をどうすればいいのか、まだ何も見えていなかった。

 私なりに勉強や情報収集をしていたけれど……。


 そんな私の反応を見て、彼はどこか満足そうに目を細める。


 「……やはりな」


 ゆっくりと、彼がこちらへ歩み寄ってくる。


 「家を出るというのなら、ここへ来るのも同じことだ」


 「俺に遠慮する必要はない」


 彼の低い声が、優しく耳へ落ちる。


 「ここなら、君は何も困らない」


 クロード殿下はそっと手を伸ばすと、そのまま私の頬へと触れる。

 大切なものを扱うような、ひどく丁寧な手つきだった。


 「辛い思いをする必要もない」


 触れられている指先が、頬をゆっくり撫でていく。


 「……な?」


 赤い瞳が、まっすぐ私を見つめていた。

 逃げ場なんて最初から存在しないかのように。


 「君は、ここで守られていればいい」


 甘く、優しい声音だった。まるで、私のすべてを包み込むような。

 ――だからこそ、怖かった。


 けれど。拒絶の言葉は、どうしても出てこない。


 (……これで、いいのかしら)


 きっと私は、疲れていたのだと思う。


 婚約破棄。

 病。

 家族からの冷たい視線。


 立て続けに傷つき続けて、もう何も考えられなくなっていた。


 だから錯覚してしまった。

 彼の差し出すこの場所が、自分を救ってくれるのだと。


 気づけば私は、小さく頷いていた。


 その瞬間、クロード殿下が安堵したように目を細める。

 まるで、ようやく手に入れた宝物を見つめるような表情だった。


 「……いい子だ」


 頬を撫でる手つきが、さらに優しくなる。

 熱を持った指先に思考が溶かされていくようで、何も考えられなくなりそうだった。


 ――この選択が。


 私の運命を大きく変えることになるなんて。


 この時の私は、まだ知らなかった。



 ***



 こうして私は公爵家を離れ、王宮で暮らすことになった。


 公爵家への連絡は、クロード殿下が行ったらしい。


 殿下曰く、私を無理に捜索されても困るから、とのことだった。


 ……もっとも。


 利用価値を失った私がいなくなったところで、あの人たちが本気で探すとは思えなかったけれど。


 その後、父はすぐに返答を寄越したらしい。殿下が望むのであれば構わない、と。

 その代わり、交換条件として金品を要求してきたのだと聞かされた。


 (……どこまでも、利用するのね)


 胸の奥が冷える。そんな父と同じ血が流れているのだと思うと、ひどく気分が悪かった。


 私は、そのことについてクロード殿下へ謝罪した。


 けれど彼は気にした様子もなく、静かに微笑むだけだった。


 「俺がしたくてしていることだ。君が気に病む必要はない」


 低く甘い声で、そう囁かれる。


 (……こんなに甘えて、いいのかしら)


 胸の奥が、ちくりと痛んだ。


 罪悪感にも似た感覚だった。




 ***




 そして王宮での生活が始まり、数日が経った。


 けれど――私は、一度もこの部屋の外へ出ていない。


 最初は、仕方がないと思っていた。


 突然環境が変わったのだ。

 休ませようとしてくれているのだろう、と。


 けれど、違和感は少しずつ積み重なっていく。


 ある日、気分転換に書庫へ行きたいと伝えた時だった。


 「君が動く必要はない」


 クロード殿下は穏やかに笑った。


 「必要な本なら、こちらへ用意させよう」


 その日のうちに、大量の本が部屋へ運び込まれた。


 薬学書も、歴史書も、小説も。頼んでいないものまで揃っている。


 「リゼリアの望むものは、なんでも用意する」


 優しく囁かれる。


 「だから――ここで待っていてくれ」


 その言葉に、胸がざわついた。まるで、“外へ出る必要などない”と言われているようで。


 それからだった。


 使用人たちも、必要最低限しか私に話しかけなくなったのは。


 侍女は着替えや髪を整える時だけ現れ、終わればすぐに部屋を出ていく。何か話しかけようとしても、どこか困ったように目を伏せてしまうのだ。


 まるで、“余計なことは話してはいけない”とでも言うように。


 食事もそうだった。

 本来なら使用人が運ぶはずなのに、クロード殿下が自ら持ってくる。


 最初は驚いた。王族自らそんなことをするなんて、ありえない。

 けれど彼は当然のように微笑むだけだ。


 「君のことは、俺が全部やりたい」


 その声音は甘く、優しかった。


 ……優しすぎるほどに。


 気づけば、最近まともに会話をしている相手はクロード殿下だけになっていた。


 窓辺へ歩み寄る。窓の向こうには、美しく整えられた庭園。色鮮やかな花々が風に揺れている。


 (散歩したいな……)


 ぽつりと、そんなことを思った。


 けれど窓は閉め切られ、外の空気すら遠い。


 公爵家を出てから、毎日クロード殿下は魔力供給をしてくれている。


 欲しい本も、刺繍道具も、すべて用意された。食事だって、私の好みに合わせられている。


 魔力欠乏症の症状も落ち着いていた。


 生活に不自由はない。


 何一つ、困ることなんてないはずなのに――。


 どうしてだろう。


 胸の奥が、じわじわと締め付けられていく。

 透明な檻の中へ閉じ込められているみたいだった。


 (……息が、苦しい)

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