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執着王子から逃げた令嬢は、秘密だらけの天才魔導師に拾われました――愛だと思っていたものは、執着でした。  作者: ゆにみ
二章

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55、今度こそ間違えない

 「リーゼ……落ち着いた?」


 ギルド長室。

 ユアンが用意してくれたココアを手に、リゼリアは小さく頷いた。


 温かな甘さが、冷え切った心を少しずつ溶かしていくようだった。


 ユーリに、家を出ることを告げた時、彼の反応に胸の奥がひどく痛んだ。

 ほんの少し期待してしまった分、裏切られた気分だった。


 気づけば、私は半ば衝動的にギルドへ駆け込んでいた。

 肩にかけられたブランケットを、無意識に握りしめる。


 「そっか。じゃあ、ゆっくり飲んでいいからね」


 ユアンの声は、いつもの軽い調子とは違っていた。

 どこまでも柔らかい声色で、無理に聞き出そうとはしない温度があった。

 

 そのおかげか、張り詰めていたものが少しずつほどけていく。

 それでも、先ほどまで泣いていたせいか、瞼は重かった。


 「……ありがとう」


 それ以上の言葉は出てこなかった。


 静かな時間が流れる。けれど、不思議と気まずさはなかった。

 ただ、頭の中はユーリのことでいっぱいだった。


 そんな私を見て、ユアンが小さく息を吐き、こちらを覗き込む。


 「……リーゼがそんな顔する理由って、ひとつしか思いつかないんだけど」


 「え?」


 顔を上げると、ユアンは困ったように眉を下げていた。


 「……ユリスのこと?」


 その名前を聞いた瞬間、胸が大きく揺れる。


 私は、ゆっくりと頷いた。


 「リーゼが話したいなら、聞くよ?」

 

 優しい声に、一瞬迷った。

 全部話してしまいたい気持ちもあった。

 でも、今はまだ自分の気持ちを整理したかった。


 「そっか」


 ユアンはそれ以上、何も聞かなかった。


 「でも、いつでもここに来ていいからね」


 その言葉が、胸の奥に染み渡る。

 きっと今の私に必要だったのは、答えを求めることではなく、ただ受け止めてもらうことだったのだ。


 「……ありがとう。でも……ちょっと一人になりたいの。どこか、落ち着ける場所って知ってる?」


 「ああ、それなら――」


 ユアンが教えてくれたのは、街の外れにある小さな丘だった。


 そこには、色とりどりの花が控えめに咲いていた。

 華やかではない。けれど、どこか心を落ち着かせる場所だった。


 私は丘の中央にある一本の木へ近づき、その根元にゆっくり腰を下ろす。


 「……期待、しちゃったな」


 そうじゃないって分かっていたはずなのに。

 それでも、彼から引き止められた瞬間、嬉しいと思ってしまった。


 もしかしたら、彼も同じ気持ちなのではないかと。

 そんな期待をしてしまった。


 「……馬鹿ね、私」


 リゼリアは小さく息を吐くと、膝を抱えた。


 まだ家を出る準備はできていない。今はまだ、帰る場所はあの家なのだ。

 でもどうしても帰る気持ちになれなかった。


 ギルドに住み込ませてもらう?

 それも一つの方法かもしれない。


 ……でも、それじゃあ逃げてるだけだわ。


 心のモヤモヤがどうしても晴れない。私の心にずっと雨が降っているみたいだった。


 期待される辛さは自分がよく分かっている。

 だからこのまま出て行こうと思ったのに。


 このまま何も伝えずに離れることも、違う気がした。


 伝えるべきなのだろうか。


 でも……怖い。だって、受け入れて貰えなければ……友達ですらいられない。


 それはもう、ユーリとの関係を完全に断つことを意味する。


 リゼリアは静かに顔を伏せていた。




 ***




 一方、その頃。

 

 ユーリは薬師ギルドの扉を勢いよく開けた。


 「いらっしゃ〜い……って、ユリスじゃないか〜」


 すると、ユアンがいつもの調子で出迎える。


 「もしかして、リーゼ?」


 「……ああ。ここに来なかったか?」


 「来てたよ〜」


 それだけ言って沈黙が落ちる。

 なぜだろうか。いつもと変わらない口調、いつもと変わらない笑顔。けれど、目だけは笑っていなかった。


 おそらくこの男は……察している。

 だが、そうも言っていられない。俺はリゼリアと話さなくてはならないんだ。


 「どこに行ったか、知ってるか?」


 「そうだね……でも――」


 ユアンは少し視線を逸らすと、いつもとは違う真剣な瞳でこちらを射抜く。


 「……リーゼ泣いてたよ?」


 「――っ」

 

 胸を突かれたようだった。

 一瞬、言葉に詰まったが、すぐに前を向いた。


 「分かってる。だからこそちゃんと話したいんだ。頼む」


 今、行かなければ、彼女の心はもっと遠くなってしまう。そう思った。

 

 ユアンは、しばらく俺を見つめた後、小さく笑った。


 「ふふ。わかったよ。全く……困ったふたりだね〜」


 「……感謝する」


 場所を聞いた瞬間、俺は走り出していた。

 魔法で移動すればすぐなのに、なぜかそんなことは頭になかった。ただひたすらに足を進めていた。


 そして、街の外れにある小さな丘。一本の木の下に、見慣れた金色の髪が見えた。


 「……見つけた」


 今度こそ俺は、間違えない。

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