53、ふざけないでよ
「ユーリのことが……好き……」
そう言葉にした瞬間、胸の奥につかえていた違和感が、すっとほどけていく。
(そうだったのね)
だから、あんなにも彼の言葉や態度に一喜一憂してしまったのだ。
だけど、その安堵は長く続かない。
(……ユーリは違う)
私はユーリを恋愛として好きになってしまった。
でも、ユーリはきっと違う。
友達として。
家族のような存在として。
大切に思ってくれているだけ。
まだ何も伝えていないのに、振られたように胸が痛んだ。
思いを押し付けるようなことはしたくない。
期待されることの苦しさは、私が誰より知っているのだから。
だからこそ決意した。
私は――本当の意味で、自立しなくてはならない。
翌日。
ユーリは起きたばかりで、目は開き切っておらず焦点も虚ろだった。
まったりと二人でホットミルクを飲んでいた。
私はさっそくユーリにギルドのことを伝える事にした。
「ねぇユーリ。私……ギルドで正式に雇ってもらえる事になったの」
「へえ、よかったじゃないか」
リゼリアは机の下で手をぎゅっと握りしめた。
「だから……ある程度安定したらここを出るつもりよ」
その瞬間だった。
ユーリはマグカップを静かに置き、大きく目を見開いた。
「……は?」
その声には、隠しきれない動揺が滲んでいた。
「なんでだ」
思ってもみなかった反応に、リゼリアの心臓が大きく跳ねる。
(もしかして……)
胸の奥に、小さな期待が灯る。
喉が震えそうになるのを、必死に堪えながら口を開いた。
「な、なんでって……元々そういう話だったじゃない」
二人の間に沈黙が落ちた。
ユーリは眉を寄せたまま、何かを探すように視線を彷徨わせる。
「……このままでも、いいんじゃないか」
「どうして?」
その一言に、期待は少しだけ大きくなる。
もしかしてユーリは私とこのまま一緒に暮らしたいと思っている……?
(もし、そうなら……)
「そう、だな……」
ユーリは困ったように頭を掻いた。
「自分でもよく分からねえ。でも、このままでも問題ないと思った」
その瞬間、心臓が一気に冷えていくのが分かった。
(……違う)
そういう意味じゃない。
私が欲しかった言葉は、それじゃない。
胸の奥で、小さく灯っていた期待が音もなく崩れていく。
「……ふざけないで」
思わず漏れた声は、自分でも驚くほど冷たかった。
「……え?」
「ふざけないでって言ってるの!」
顔を上げたリゼリアの瞳には涙が滲んでいた。
「ねえ、この前から何なの! こっちは……やっとの思いで伝えたっていうのに……」
震える声が、少しずつ大きくなる。
「それを踏みにじるようなこと、言わないで……!」
「お前、なんでそんなに怒って――」
「期待させるようなこと言わないでよ!」
「……え? お前、それどういう――」
その瞬間、ユーリの動きが、ぴたりと止まる。
リゼリアは勢いよく立ち上がると、自室へと駆け込んだ。
そして、ユーリから貰ったスクロールを手に取る。
その直後、後ろから勢いよく扉が開いた。
「リゼリア!」
「……ユーリのばか」
リゼリアは迷うことなくスクロールを発動させる。
その頬には一筋の涙が伝っていた。
眩い光が部屋を包み込んでいく。
「リ、リゼリア……っ!?」
ユーリは咄嗟にリゼリアへと手を伸ばすが、届かない。
光が消えた時。そこにはもう、リゼリアの姿はなかった。
一方その頃。
薬師ギルド、ギルド長室。
「これでよし〜っと」
書類をまとめていたユアンの目の前で、不意に光が弾けた。
「ええ!?」
驚きのあまり椅子ごとひっくり返る。
そして、光が消えると同時に人影が見えてきた。
「だ、だれ……? ってリーゼ!?」
ユアンは慌てて立ち上がると、彼女の元へと駆け寄る。
その時、彼女は――涙を流していた。
「リーゼ……」
***
そして、部屋に一人残されたユーリは、呆然と立ち尽くしていた。
「あいつ……どうしたんだ……?」
静まり返った部屋。
向こうの部屋ではテーブルの上に、二人分のホットミルクが残されたまま。
そのうち一つは、ほとんど手つかずのまま湯気を失っていた。
俺はただ……この生活があまりにも馴染みすぎて。
リゼリアとの生活は面倒でもなく、案外楽しかった。
だから……このまま一緒に暮らすのも悪くないと思ったんだ。
「……あ」
そこで、初めて思考が止まる。
どうして。
どうして俺は、このままでいたいと思ったんだ……?
そして、最後に聞いた彼女の言葉が脳裏によみがえる。
――期待させるようなこと言わないで。
「……期待?」
何を期待したんだ。
何を、期待させてしまったんだ。
答えは分からない。
それなのに。
胸の奥だけが、嫌なほどざわついていた。
次回、ユーリ視点。
明日、残り4話全て投稿します。




