51、無意識に
「俺、魔法塔に戻ろうと思う」
食事を終え、私とユーリは並んで食器を洗っていた。その時、不意に彼がそう切り出した。
ユーリは魔力を喰らう体質のせいで、長い間魔法塔から姿を消していた。
けれど、その問題はもう解決している。
魔法塔へ戻るというのは、ごく自然なことだった。
「そう……じゃあ、もう王都に住むの?」
そう口にした瞬間、胸がちくりと痛んだ。
私は最初から、ここへ長く住むつもりなんてなかった。自立できるようになれば家を借り、一人で暮らすつもりだったのだ。
それなのに。
いつの間にか、ユーリがそばにいる生活が当たり前になっていた。
引き止めたい。そんな気持ちが、胸の奥から湧き上がる。
「いや、ここは俺の家だしな。魔法塔に泊まる日が増えるとは思うけど」
「……そうなの」
その一言だけで、驚くほど安心している自分がいた。
昨日まで、あれほど腹を立てていたのに。
ユーリの「好き」が恋愛ではなく、友達としての好意なのだと納得してからは、不思議と心も落ち着いていた。
「じゃあ、私も今日はギルドに久しぶりに顔を出そうかしら」
「じゃあ送る」
「え? 大量に貰ったスクロールがまだあるわよ?」
「それは取っておけ。今まで通り、俺が送れる時は送る。それに俺もギルドへ顔を出してなかったからな」
「……わかったわ。ありがとう」
口ではぶっきらぼうなのに、行動は優しい。
友達として好き。そう理解したはずなのに。
こうして自然に気遣われるたび、勘違いしそうになる。
昨日から胸の奥が、ずっと小さく痛んでいた。
「ユアンのことも心配だったから、早く会いに行かなきゃと思ってたのよ」
「……何で急にあいつが出てくる?」
そう言うと、ユーリは拭いていた皿を置き、一歩こちらへ近づいた。
(ち、近い……)
思わず肩が強張る。
「実はあなたを探しに森に行った時、ユアンも途中まで一緒だったのよ」
「何でだ?」
「心配してくれてたんだと思う。でも途中で魔力の圧に耐えられなくなって、先に戻ってもらったの」
「……そう、だったのか」
「ええ。だから心配で」
そう答えると、ユーリは視線を逸らした。
しばらく黙り込み、何かを考えるように眉を寄せる。
(……どうしたのかしら?)
私が首を傾げていると、彼は再びこちらを見た。
「とりあえず急ぐか」
「ありがとう……」
ユーリもユアンのことが心配だったのかもしれない。
そんなことを考えながら、私はユーリと一緒にギルドへ向かった。
***
「リーゼ〜!! 無事だったんだね〜!! それにユリスも見つかってよかった〜!!」
ギルドへ着くなり、ユアンが満面の笑みで両手を広げながら駆け寄ってきた。
「心配かけたわね――」
私も笑みを浮かべた、その瞬間だった。
「うわっ!」とユアンの驚いた声が響く。
何事かと思って視線を向けると、ユーリがユアンのおでこへ手を当て、それ以上近づけないように押さえていた。
「久しぶりなのに酷いじゃないか〜」
頬を膨らませるユアンに、ユーリは自分の手を見つめて首を傾げる。
「……すまない。何か身体が勝手に」
「ふ〜ん?」
ユアンは一度ユーリを見て、それから私を見た。
「……あ!」
何かに気づいたように目を丸くしていた。
「どうしたの?」
「ううん、何でもないよ〜」
そう言って、いつものようににこにこと笑っている。
(……何だったのかしら)
今度はユーリへ目を向ける。
彼は少し離れた場所で腕を組み、顎へ手を当てながら難しい顔をしていた。
「あなたもどうしたの?」
「……ああ。何でもない」
ユーリは小さく首を振ると、「じゃあ、俺はこれで」と言い残し、その場からふっと姿を消した。
(ユアンもユーリも……今日は何だか変ね)
そんなことを考えていると、ユアンが隣で満面の笑みを浮かべた。
「ねえ、リーゼ」
「なあに?」
「よかったね〜!」
「え?」
何が「よかった」のか分からない。
きっと、ユーリが無事に戻ってきたことを言っているのだろう。
「……ええ、そうね」
私は小さく笑った。
これでまた、いつもの毎日が戻ってくるのだろう。




