50、いや、本当に何!?
ユーリの言葉が、頭の中で何度も繰り返される。
――『俺、お前のこと……好きみたいだ』
え?
えっ??
……今、好きって言われた?
突然の一言に、さっきまで止まらなかった涙がぴたりと引っ込んだ。
「え、えっと……ユ、ユーリ……?」
リゼリアはどこか落ち着かず、舌もうまく回らない。
混乱したまま隣を見ると、そこにいたユーリはいつも通りだった。
照れている様子もない。気まずそうでもない。
どう見ても告白をした人間の表情ではなかった。
(え……?)
思わず目を丸くした、その時だった。
「……いや、やっぱ分からねえ」
「…………え」
思わず、間の抜けた声が漏れた。ユーリは本気で首を傾げている。
「わ、分からない……?」
「こんなこと、初めてだから」
頭を掻きながら、困ったように続ける。
「好きなのかもしれねえし、違うのかもしれねえ」
「ええぇぇ……」
リゼリアは固まった。
その反応を見ても、ユーリは特に気にした様子もない。
「……とりあえず帰るか」
そう言って世界樹へ向かってぺこりと頭を下げる。
「えっ、あ、ちょっ……!」
慌ててリゼリアも後を追うように頭を下げた。
そのまま結界を抜けると、ユーリは何事もなかったように転移魔法を発動させる。
景色が切り替わり、気づけば二人はいつもの家へ戻っていた。
「…………え?」
リゼリアは呆然と立ち尽くす。
ユーリはその横を何事もなかったように通り過ぎた。
「食事にでもするか。今日は俺がやるよ」
そう言い残してユーリはキッチンへと向かっていく。やっぱりいつも通りに見える。
その背中を見送りながら、リゼリアはぽつりと呟く。
「…………え?」
もう何度目かわからない声が漏れた。
(告白……されたのよね?)
(いや、待って)
(分からないって何!?)
(……え、取り消されたの??)
(告白の……取り消し!?)
「な、なんなのよ……!」
思わず声が漏れる。
その声を聞きつけたのか、ユーリがキッチンからひょこっと顔を出した。
「何かあったか?」
「……っ!」
どこまでも平然としている。その様子が無性に腹立たしかった。
「なんでもないわよ!」
「そうか?」
首を傾げるだけで、またキッチンへ戻っていく。
(いや、何その反応!?)
(どうしてそんなに普通なの!?)
(さっきのこと、もう忘れたの!?)
その間にも、台所からは包丁の音が聞こえてくる。
トントントントン……。
まるで、さっきの出来事なんて最初からなかったかのようだった。
(何だか無性に腹ただしい音に聞こえてきたわ……!)
リゼリアは、部屋の中を落ち着きなく歩き回る。
考えれば考えるほど分からなくなる。
しばらくして、「よし、できたぞ」と、ユーリが料理を運んできた。
「……ええ、ありがとう」
食卓についたものの、その日の料理が何だったのか、ほとんど覚えていない。
たぶん、美味しかった。
***
翌日。
結局、リゼリアは一睡もできなかった。
鏡を覗けば、目の下にはくっきりと隈が浮かんでいる。
(ひ、ひどい顔……)
重い身体を引きずるように居間へ向かい、温めたミルクを両手で包み込む。
ぼんやりと湯気を眺めていると、部屋の扉が開いた。
「おはよう」
聞き慣れた声に、びくりと肩が跳ねる。
「お……お、おはよう……」
ユーリの顔を真っ直ぐに見れない。視線は泳ぎ、声まで裏返ってしまった。
(む、無理……!)
昨日のことを思い出すだけで耳まで熱くなる。
そんなリゼリアとは対照的に、ユーリはいつも通りだった。
「……って、お前、寝不足か?」
穏やかな声で問いかけられる。
ユーリは、とてもよく眠れたのだろう。髪も乱れておらず、顔色もいい。
(だ、誰のせいだと思ってるのよ……っ!!)
思わずじとりと睨む。けれどユーリはその視線の意味が分からないらしく、小さく首を傾げた。
「さあ、飯だ飯」
そう言って、何事もなかったかのように台所へ消えていく。
リゼリアはその背中を呆然と見送った。
(ねえ、本当に何なの!?)
(どうしてそんなに普通なの!?)
(好きって言ったのはあなたでしょう!?)
頭を抱えたくなる。気にしているのは、自分だけなのではないか。
そんな考えまで浮かび始めた。
ぼんやり考え込んでいるうちに、一つの答えへたどり着く。
「……そういうことね」
私は勘違いしていたのかもしれない。
好き、と言われた瞬間、勝手に恋愛の意味だと思い込んでいた。
でも、ユーリの態度を見る限り、そんな様子はまるでない。
(あんなの告白した人間の態度じゃないわ)
(……嬉しそうでも、照れている様子でもなかった)
そもそも私に返事すら求めないのだもの。
そう、あれはきっと――。
「恋慕ではなく……ただの好意ね」
その結論にたどり着いた瞬間、不思議なくらい全てが繋がった。
だからユーリは平然としている。
だから「分からない」なんて言えたのだ。
「……そうよ」
私は小さく頷く。
「だって……ユーリだもの」
そう言い聞かせるように呟いた。
胸の奥が、ちくりと痛む。けれど、その理由を考えないようにする。
今はまだ、その痛みの正体を知りたくなかったから。
ユーリは感情赤ちゃんです。本人は至って真面目です。
リゼリア、頑張れ。




