49、零れ落ちた本音
世界樹の根元へ辿り着くと、目の前に赤い果実が静かに浮かび上がった。
「これが……世界樹の果実……」
一見すれば、ただの赤い果実。
けれど淡く光を放ち、この世のものとは思えないほど神秘的な美しさを湛えている。
「……綺麗」
「そうだな」
ユーリは静かに果実へ手を伸ばした。
「これで……」
その声は、かすかに震えていた。
彼は食い入るように果実を見つめる。長い年月をかけて追い求め続けたものだ。
リゼリアは、その横顔から目を離せなかった。
(ユーリ……)
小さく息を呑む音が聞こえる。
そして彼は、ゆっくりと果実を口元へ運び、一口かじった。
私も思わず息を止める。
ユーリは何も言わない。
ただ静かに目を閉じ、自分の身体へ意識を向けているようだった。
「……どう?」
恐る恐る尋ねると、ユーリはゆっくり目を開け、小さく首を傾げた。
「……実感はない。大きな変化も感じられない。……だが、きっと治ったんだと思う」
少し困ったように眉を寄せ、その声は、どこか自分に言い聞かせるような響きがあった。
リゼリアは一歩、彼の方へと近づき、ゆっくりと右手を差し出した。
「……リゼリア?」
「ねえ、触ってみて」
その瞬間、ユーリの瞳が大きく揺れた。
長年、自分の体質に苦しみ続けてきた。だからこそ、簡単には信じられないのだろう。
「だが……もし、まだ治っていなかったら」
「大丈夫。ここまで来られたもの」
リゼリアは真っ直ぐに彼を見つめ、言い切る。
二人は、しばらく静かに見つめあっていた。やがてユーリは長く息を吐き、小さく覚悟を決めるように手を伸ばした。
ゆっくりと。
本当にゆっくりと。
二人の手が重なる。
手が重なると、ユーリは信じられないように、自分の手と私の手を見つめている。
「……何も起きない」
「ね? 言ったでしょう?」
リゼリアが柔らかく微笑んだその時。ユーリの瞳から、一筋の涙が静かに零れ落ちる。
「ありがとう……リゼリア」
その涙は、あまりにも綺麗だった。
長い年月、一人で抱え続けてきた苦しみが、ようやく終わったのだ。
「ユーリ……」
その様子を見て、思わず胸が熱くなる。
私もずっと気を張っていた。ユーリが姿を消してから今日まで。
スクロールが補充されていたから、生きていることは分かっていた。
でも、ずっと姿が見えなかったのだ。心のどこかではずっと不安だったのだろう。
それに、再会できたと思っていたら、彼は重い事情を一人で抱え込んでいた。
そんな彼が今、救われたのだ。
そう思った瞬間だった。ふっと全身から力が抜ける。
「あ……」
頬を、一粒の涙が伝った。
「私が泣くなんて……おかしい、わよね」
無理に笑おうとした。
けれど視界の先では、ユーリが困ったように、それでも優しく笑っていた。
その笑顔を見た瞬間。
張り詰めていた糸が、ぷつりと切れた。
「ユーリ……!」
気づけば私は、勢いよく彼へ抱きついていた。
ユーリの身体がぴたりと固まる。
けれど今は、そんなことを気にしていられなかった。
「よかった……っ。本当に、よかった……!」
溢れ出した涙は、もう止まらなかった。涙で声も震えている。
「でも……!」
私は彼の胸をぽかぽかと叩く。
「ユーリの馬鹿!!」
「……え?」
「何も言わずにいなくなるし! スクロールだけ補充してあるし! あれは何だったのよ!」
「……すまない」
「優しいのか意地悪なのか、全然分からないわよ!」
涙を拭う暇もなく言葉が溢れる。
「どうして何も言ってくれなかったの!? 一人で全部抱え込んで! そんなに頼りなかった!? 言えなかったの……? 少しくらい信頼関係が築けていたと思っていたのは……私だけだったの!?」
ユーリの目が大きく見開かれる。
やがて彼は静かに目を伏せ、小さく呟いた。
「……ごめん」
私は泣きながら彼の胸を叩き続けた。
それでもユーリは何も言い返さない。
ただ黙って、その全てを受け止めていた。
どれくらいそうしていただろう。
ひとしきり思いをぶつけ終わると、リゼリアは息を深く吸った。少しだけ気持ちが落ち着いてきた。
「……ごめんなさい。言いすぎたわ」
「いや、俺が悪い」
「……それはそうね」
「容赦ないな」
「事実だもの」
思わず二人で小さく笑う。
私は鼻をすすりながら彼を見上げた。
「本当に心配したんだから」
「……ああ」
「次はちゃんと言って」
「……分かった」
少しだけ沈黙が落ちる。
ユーリはどこか落ち着かない様子で頭を掻いた。
「……なぁ」
「?」
「俺さ」
「うん?」
「なんだろう、その……」
ユーリは耳まで赤く染めながら、一度だけ視線を逸らすと、すぐにリゼリアを見つめ直した。
「俺、お前のこと……好きみたいだ」
「……へ?」




