48、一緒に行くんだろ
ユーリを助けたい。
その一心で、リゼリアは世界樹へ向かって歩き出した。
「おい……っ! ひとりで行くな!」
背後からユーリの声が響く。さっき一緒に行くと決めたのに。ユーリのことばかり考えていて、周りが見えなくなっていた。
「ごめんなさい……必死で」
足を止めると、ユーリが隣まで歩いてくる。
「……わかってる」
ユーリは小さく呟くと、少しだけ照れたように頬を掻いた。そして何も言わず、私の隣に並ぶ。
「だけど、一緒に行くんだろ」
その一言に、思わず目を丸くする。ユーリは前だけを見つめていた。
二人の間には、手を伸ばせば届くほどの距離がある。けれど、その距離は決して縮まらない。
ユーリは触れれば相手の魔力を喰ってしまう。
それでも、こうして隣にいてくれる。
それだけで、不思議と安心できた。
「……そうね」
私も前を向く。視線の先には、静かに佇む世界樹。
きっと、この樹には意志がある。
ここへ辿り着いた者に、資格があるのかを試しているのだろう。
(大丈夫。きっと入れる)
ここからはお互いに無言だった。ただゆっくりと一歩ずつ前に進んでいた。
隣にはユーリの気配がある。今はそれだけで十分だった。
やがて結界の前で足を止める。
透明な膜のようなものが、世界樹を静かに包み込んでいた。
近づくだけで空気が震えているのが分かる。
私は大きく息を吸い込み、隣を見る。ユーリもこちらを見て、小さく頷いた。
「行くわよ」
「ああ」
――ユーリを助けたい。
この想いだけは、誰にも負けない。
二人は同時に結界へ足を踏み入れた。
その瞬間――ぶわり、と空気が震える。
思わず息を呑み、ぎゅっと目を閉じた。
(お願い……)
(どうか、通して……!)
ここで毎回ユーリは結界から弾かれていたと言っていたのだ。
リゼリアは目を閉じたまま、恐る恐る一歩、また一歩と進んでいく。
……けれど、特に何も起きなかった。
「あれ……?」
リゼリアはゆっくり目を開ける。
振り返ると、透明な膜は静かに揺れながら、私たちの後ろで波紋のように揺らめいていた。
「入れた……」
目の前では世界樹の葉が、さらさらと風もないのに揺れている。
まるで歓迎するように。
「まさか……」
隣から聞こえてきたユーリの掠れた声に振り向く。
ユーリは世界樹を見上げたまま、信じられないものを見るように目を見開いていた。
「何百回挑んでも……駄目だったんだぞ」
(……ユーリ)
その横顔に、胸が締めつけられる。
どれだけ一人で苦しんできたのだろう。
その時だった。
世界樹の奥から、どこまでも澄んだ声が響く。
「――他者のために願う者のみ、門は開かれる」
それは、まるでハープの音色のように神秘的だった。
「……他者のために」
リゼリアは世界樹を見上げ、小さく呟いた。
伝承では、世界樹を巡って人々は争ったという。
もし本当に、この樹に意志があるのなら。
その争いを、ずっと見続けてきたのかもしれない。
だからこそ、意志を確認しているのかもしれない。
「……そういう事だったのか。俺は、今まで……自分のことしか考えてなかった。だが――」
ユーリはその先を言わずに、リゼリアに視線を向けた。
その瞳は、今まで見たことがないほど穏やかだった。
思わず胸がどきりと鳴る。
そして、彼はゆっくりと目を閉じると小さく呟いた。
「ありがとう、リゼリア」
静かなその一言が、胸の奥まで染み渡る。
「あなたは必死だっただけ。治したかった……それだけでしょう?」
「だが、世界樹からすれば、それも自分のための願いだったんだろうな」
ユーリは苦く笑っていた。たとえ必死であっても己の欲望と捉えられては、世界樹に拒絶されてしまうのだろう。
「じゃあ、どうして今回は……」
「……それは」
問いかけると、ユーリは言葉を詰まらせているように見えた。口元を手で隠し、ふい、と視線を逸らした。
耳がほんのり赤い。
「……ユーリ?」
不思議に思った、その時。
世界樹の枝先から、一筋の光が舞い降りた。
淡い光はゆっくりと二人の前へ降り注ぎ、やがて眩い輝きへと変わる。
そして光が静かに消えると――。
そこには、赤く艶やかな果実が一つだけ浮かんでいた。
「これって……!」
ユーリは静かに息を呑む。
「ああ。恐らくこれが……世界樹の果実だ」




