47、あなたを助けたい
リゼリアはただ真っ直ぐに世界樹を見つめていた。
(この果実さえ手に入れば……ユーリを救える)
そのためには、大魔導師――ユーリ・アデラインでさえ突破できなかった結界を越えなければならない。
「ねえ……ユーリ。私、行ってみる」
「……は? 俺でさえ入れないんだぞ?」
ユーリが眉をひそめる。
「わかってる」
「いや、わかってない。お前は身体も限界だ。結界に弾かれたら……最悪死ぬ」
その言葉に、リゼリアは小さく息を吸う。
(そんなことは……わかってる)
必死でユーリを探していたせいで忘れかけていたけれど、自分の身体だって悲鳴を上げている。
「……それでもよ」
迷いなく言い切る。ユーリの赤い瞳がわずかに揺れた。
「あなたを助けられる可能性があるなら、何もしないまま諦めたくないの」
それが、今のリゼリアの本音だった。
「あなたは今まで、一人で何度も挑戦してきたんでしょう?」
「だったら今度は、私も一緒に挑戦する」
「私だけ安全な場所で待ってろなんて……そんなの、もう嫌なの」
思い返すのは、閉じ込められた王宮での日々。あの時の私はただ守られている存在だった。息苦しくて、どうしようもなかった。だからもう、ただ待つだけの存在には戻りたくなかった。
「絶対に駄目だ。俺は、お前を巻き込むためにここへ来たんじゃない」
「でも私は、自分の意思でここまで来たの」
リゼリアは一歩も引かない。
真っ直ぐ見つめ返すその瞳に、ユーリは観念したように目を閉じた。
深く、長く息を吐く。
静寂が二人を包む。
やがてユーリは世界樹を見上げ、小さく呟いた。
「……俺一人じゃ、どうせ無理だった」
「え……?」
「だから」
ユーリは少しだけ困ったように笑う。
「一緒に行く。今回は、一緒に行こう」
「ユーリ……!」
嬉しさのあまり、リゼリアは思わず飛びつこうとする。
けれど。
「ちょ、お前……!」
ひらり、とかわされた。
「だから近づくなって言ってるだろ」
「あ……ごめんなさい。嬉しくて、つい」
「……お前な」
呆れたようにため息をつくユーリ。
その顔を見て、リゼリアはふっと笑った。
「やっと笑ってくれた」
「あ?」
「あなた、ずっと苦しそうな顔してたもの」
その一言に、ユーリは言葉を失う。
しばらく黙ったあと、照れ隠しのように視線を逸らした。
「……俺らしくねえな」
「そうね」
リゼリアは優しく微笑む。
「でも私は、今のあなたの方が好きよ」
ぴたり、と時間が止まった。
ユーリは固まったまま動かない。
耳だけが、じわりと赤く染まっていく。
「…………行くぞ」
ぶっきらぼうに背を向けるユーリ。
その様子に首を傾げたものの、それよりも今は世界樹だ。
リゼリアは静かに巨樹を見上げる。
行くと言ったけれど、無鉄砲なのは自分でも分かっている。
その時、不意にユーリの言葉が頭をよぎった。
――この森は人を寄せ付けない。
「ねえ、ユーリ」
「……なんだ」
「さっき言ってたわよね。この森は人を寄せ付けないって」
「ああ。強い目的がない者は、この森に入ろうとすら思わない。だから、お前がここまで来たのは驚いた」
「強い、目的……」
その言葉に、リゼリアは小さく呟く。
この森には、生き物の気配すらない。
人だけではない。あらゆるものを拒絶しているような、不思議な静けさが漂っていた。
(まるで……世界樹が人を選んでいるみたい)
目的がなければ森へ入れない。
なら、最後の結界も同じなのではないだろうか。
「……ねえ」
リゼリアは世界樹から目を離さないまま問いかける。
「この結界を破るために、あなたは何を試したの?」
「魔法も、石碑も……思いつく限り全部試した。だが何度やっても弾かれた」
その言葉を聞き、ユーリの部屋でみた自作の魔法陣や、この森で見つけた傷だらけの石碑が頭に浮かぶ。
あれは全部、世界樹へ辿り着くためだったのだ。
(でも……)
胸の奥で、小さな違和感が膨らんでいく。
実力で破れる結界なら、とっくにユーリが突破しているはずだ。
なのに突破できない。
なんかこう……人間を試している様な……。
リゼリアは顎に手を当て、ゆっくりと口を開く。
「ねえ、ユーリ。この森に入るには”目的”が必要だったのよね?」
「……ああ」
「だったら最後に試されるのも、魔力でも力でもない」
リゼリアは世界樹をただ真っ直ぐに見つめていた。
「ここへ来た理由……その”想い”なんじゃないかしら」
その瞬間、ユーリがはっと息を呑んだ。リゼリアは小さく笑う。
「私はユーリを助けたい」
「その気持ちだけは、誰にも負けない」
そして、リゼリアは一歩前へ踏み出す。
「だから――行くわ」




