44、静寂の森②
ユアンを先に帰し、リゼリアは一人で森の奥へと歩みを進めていた。
先ほどまで隣にあった気配が消えたことで、胸の奥にぽっかりと穴が開いたような心細さを覚える。
それでも、立ち止まるわけにはいかなかった。
(絶対に……ユーリに会うんだから……!)
一歩進むたび、息苦しさは増していく。
胸の上へ見えない何かが重くのしかかり、全身が押し潰されそうだった。
(これ……魔力だわ)
しかも、これまで感じたこともないほど強大な魔力。
まるで森そのものが、膨大な魔力を放ち続けているかのようだった。
高い魔力を持つ自分でさえ、これほど苦しい。ユアンが耐え切れなかったのも無理はない。
静寂の森は、人を寄せ付けない森だと言われている。実際、ここへ入ってから生き物の姿を一度も見ていない。
これはあくまで推測に過ぎない。
けれど、この森には何らかの力が働き、人が近づくことすら拒んでいるのではないだろうか。
それほどまでに、この森を覆う魔力は異質だった。
「……っ」
胸が締めつけられ、呼吸をするたび苦しさが増していく。
それでもユーリの顔を思い浮かべるたび、不思議と足は前へ動いた。
その時だった。
「きゃっ……!」
足元の石につまずき、リゼリアの身体が前へ投げ出される。
鈍い衝撃とともに地面へ倒れ込み、足首に鋭い痛みが走った。
「……っ、痛い……!」
恐る恐る視線を向けると、足首が岩で切れ、じわりと血が滲んでいる。
起き上がるだけでも苦しい。
このまま横になってしまえば、そのまま眠ってしまいそうだった。けれど、それだけは駄目だと本能が告げている。
「ユーリ……っ」
もはや気力だった。震える腕へ力を込め、ゆっくりと身体を起こす。
私は軽い治癒魔法なら使える。
けれど今は、その魔法を発動させるだけの余力すら残っていなかった。
だから、今はただ歩くことしかできない。進めば進むほど魔力の圧は強まり、この道がいつまで続くのかも分からない。
終わりの見えない道に、不安で押し潰されそうになる。
それでも、リゼリアを前へ進ませるものがあった。
――ユーリ・アデライン。
彼に会いたい。話したい。ただ、その一心だけが、折れそうな心を支えていた。
(絶対に……諦めない)
その時だった。
不意に木々が途切れ、眩い陽光が差し込む。
同時に、あれほど身体を押さえつけていた魔力の圧が、嘘のように消え去った。
「……え?」
肺いっぱいに空気が流れ込み、止まりかけていた呼吸が一気に楽になる。
重く縛られていた身体も、ふっと解放されたようだった。
思わず顔を上げる。
その先に広がっていた光景に、リゼリアは息を呑んだ。
「……っ」
そこにそびえ立っていたのは、一本の巨樹。
天を貫くように真っ直ぐ伸びた幹は、見上げてもなお頂が見えない。
幾重にも広がる枝葉は空一面を覆い尽くし、その巨大な樹冠は、まるで世界そのものを支えているかのようだった。
「これは……」
リゼリアは思わず呟く。
こんな樹を見たことがない。
いや――この世に存在するものとは思えないほど、神々しく、美しかった。
リゼリアは導かれるように巨樹へと歩き出す。
一歩。また一歩。近づくにつれ、木漏れ日の向こうに何かが見えた。
「……え?」
巨樹の根元の近く。そこに、誰かが横たわっている。
(もしかして……!)
心臓が大きく跳ねた。
リゼリアは痛む足も忘れ、夢中で駆け出す。
やがて、その姿がはっきりと見えた。
銀色の髪に見慣れた横顔。
「ユーリ…………!!」




