表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
執着王子から逃げた令嬢は、秘密だらけの天才魔導師に拾われました――愛だと思っていたものは、執着でした。  作者: ゆにみ
二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

46/60

43、静寂の森①

 「ひえ〜! ここが静寂の森だね!? なかなかいい雰囲気だね〜!」


 ユアンが森を見上げながら感嘆の声を上げる。


 私とユアンは、地図に記された場所――静寂の森の入り口へと辿り着いていた。


 名の通り、辺りは不気味なほど静まり返っている。

 風が吹いているはずなのに木々はほとんど揺れず、森の奥からは鳥の鳴き声ひとつ聞こえない。


 ひんやりとした空気が肌を撫で、思わず身震いした。


 「……ユアンが喋ると、緊張感がなくなるわ」


 「どうせなら楽しい方がいいじゃないか〜」


 「……まあ、それもそうね」


 思わず小さく笑う。その笑顔だけで、少しだけ肩の力が抜けた気がした。


 「行きましょう」

 

 「うん!」


 二人は顔を見合わせ、小さく頷く。

 そして、念のため、私たちはそれぞれ転移用のスクロールを懐へしまった。


 初めて訪れる場所へは転移できない。けれど、一度でも足を踏み入れた場所なら瞬時に戻ることができる。


 万が一の時は、迷わず引き返す。


 そう確認し合い、私たちは静寂の森へ足を踏み入れた。




 ***



 静寂の森は、長い年月、人が足を踏み入れていないのだろう。


 道と呼べるものはなく、生い茂る草木が行く手を遮る。足元にはぬかるみが広がり、少し気を抜けば足を取られそうだった。

 時折、崖のように切り立った場所もあり、一歩一歩慎重に進まなければならない。


 「うわっ……!」


 突然、ユアンが小さく声を上げた。


 「どうしたの?」


 「いや、ちょっとびっくりして」


 視線の先を追うと、苔むした石碑が木々の間にひっそりと立っていた。


 長い年月を感じさせる古びた石碑だ。


 「何か書いてあるわね……」


 リゼリアは表面を手で払う。

 すると、苔の下から文字が現れた。


 「『――聖域につき、立ち入り禁止』……?」


 「聖域?」


 ユアンが首を傾げる。


 「こんな場所に?」


 その時だった。


 「……あれ?」


 ユアンが石碑の端へ手を伸ばす。


 「どうしたの?」


 「ここ、見て」


 指差した先には、石が抉られたような傷跡が残っていた。

 まるで刃物ではなく、何か強い力で削り取られたような跡だった。


 リゼリアはそっと指先を近づける。


 「……魔力を感じる」


 「やっぱり?」


 「ええ。それも、そんなに古くないわ」


 二人は思わず顔を見合わせた。


 こんな場所に、最近誰かが来ている。その事実だけで、胸が高鳴る。


 「……行きましょう」


 リゼリアは静かに言った。


 (ユーリがいるかもしれない……)


 ユアンも真剣な表情で頷き、二人は石碑の先へと足を踏み入れた。




 ***




 「……本当に、気味が悪いくらい静かね」


 「ね〜。お化けでも出てきそうだよ〜」


 「……ユアンは案外平気そうね」


 「そう〜?」


 そんな他愛ない会話を交わしながら、二人は森の奥へと進んでいく。


 けれど――静かすぎた。

 鳥のさえずりも、虫の羽音もない。木々が揺れているはずなのに、葉擦れの音すら聞こえない。

 森に入ってからそれなりの時間が経つというのに、生き物の姿を一度も見ていなかった。


 (……こんなこと、あるの?)


 その時、不意にユアンが足を止めた。


 「ねえ、リーゼ」


 「どうしたの?」


 「さっきから思ってたんだけど……この辺、なんだか息がしづらくない?」


 「え……?」


 言われて初めて、自分の呼吸へ意識を向ける。


 確かに、少しだけ胸が重い。深く息を吸っても、どこか肺が満たされないような感覚があった。


 「……言われてみれば」


 「気のせいかな」


 ユアンは苦笑して再び歩き出す。リゼリアもその後に続いた。


 けれど、森の奥へ進めば進むほど、その違和感は少しずつ大きくなっていく。

 まるで目には見えない何かが、身体全体へ重くのしかかってくるようだった。

 

 (……違う)


 これは空気が薄いんじゃない。見えない何かが、この森全体を覆っている。

 そんな圧力だった。


 呼吸をするたび胸が重くなり、足も少しずつ鈍くなる。


 すると、隣から荒い息遣いが聞こえた。

 

 「……ユアン?」


  振り向いた瞬間、リゼリアの表情が変わる。


 「……っ!」


 ユアンの顔は青白く、額には大量の汗が滲んでいた。肩で息をしながら、それでも無理に笑おうとしている。


 「あはは……ごめん。ちょっと苦しいかも」


 「ちょっとじゃないでしょう!」


 「でも……まだ歩けるから」


 その声には、いつもの軽さがなかった。息をするだけで精一杯なのが伝わってくる。

 リゼリア自身も苦しい。けれど、ユアンの方が明らかに症状は重かった。


 「ねえ、ユアン」


 リゼリアは真っ直ぐにユアンを見つめる。


 「あなたは戻って」


 「……え?」


 「これ以上進んだら危険よ」

 

 「でも、リーゼ一人じゃ――」


 「私は大丈夫。ここまで一緒に来てくれて、本当にありがとう」


 その言葉に、ユアンは何か言い返そうと口を開く。けれど、その前にリゼリアが静かに続けた。


 「あなたのおかげで、ここまで来られたの」


 「……」


 「だから、今度は私のお願いを聞いて」


 リゼリアは懐から転移用スクロールを取り出し、ユアンへ握らせる。


 「帰って」


 「でも……」


 ユアンはスクロールを見つめたまま動かない。


 「私は必ず帰る」


 その言葉だけは、迷いなく言えた。


 「だから、信じて待っていて」


 ユアンはしばらく俯いていた。やがて小さく息を吐き、覚悟を決めたように顔を上げる。


 「……約束だよ」


 その瞳は真っ直ぐだった。


 「ユリスと一緒に、絶対帰ってきて」


 「ええ。約束するわ」


 リゼリアも真っ直ぐ見返す。ユアンはようやく小さく笑った。


 「……じゃあ、行ってらっしゃい」


 次の瞬間、スクロールが淡く輝き、ユアンの姿は光に包まれて消えた。

 静寂が戻る。先ほどまで隣にいた気配が、嘘のようになくなっていた。


 「…………ここからは一人ね」


 胸は苦しい。足も重い。

 それでも、引き返すという選択肢だけはなかった。


 (待っていて、ユーリ)


 確証なんてない。


 それでも、心だけは確信していた。


 ――あなたは、この先にいるって。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ