40、…………はぁ?
ユーリは帰ってこない。なのにスクロールが増えていた。
(……もしかして)
胸をよぎった考えに、リゼリアは慌てて家中を探し回る。
もしかしたら書き置きくらいは残しているかもしれないと思ったからだ。
机の上、本棚、研究資料の山――思いつく限り探した。
けれど、どこにもそれらしきものは見当たらなかった。
「…………はぁ?」
思わず漏れた声は、自分でも驚くほど低かった。
ユーリが帰ってこなくなってから、ずっと心配していた。
何か事件に巻き込まれたんじゃないか。
怪我をして動けないんじゃないか。
最悪のことだって、何度も考えた。
だけど、ユーリは無事だった。
この家へ戻り、私に会わないままスクロールだけを置いていった。
「……何、それ」
ぽつりと呟く声が、静かな部屋に響く。
せめて書き置きでもあれば納得できた。
『しばらく帰れない』その一言だけでもよかった。なのに何も残さず、スクロールだけ補充して姿を消すなんて。
それはつまり――。
「……わざと、なの?」
何? 私に会いたくないとでも言うの?
そんなはずない。
ユーリなら、きっと何か事情がある。そう思おうとした。
けれど、この家には帰ってきていた。それなのに、私には会わなかった。
……いつもなら、書き置きくらい残す人なのに。
(じゃあ、本当に避けられてる……?)
胸の奥で、じわじわと何かが熱を帯びていく。
だったらせめて――理由くらい言いなさいよ。
こんなふうに、突然突き放すようなことをして。
その瞬間、私の中で何かがぷつりと音を立てて切れた。
「ユーリ・アデライン!!!」
静まり返った家に叫び声が響く。
「あなた見てるわね!? ねえ、そうなんでしょう!?」
もちろん返事はない。
それでも構わなかった。胸の奥に溜まり続けていた感情は、もう止められなかった。
「こんな絶妙なタイミングでスクロールなんか補充しちゃって……一体どういうつもりなの!?」
荒く息をつく。
「そんなことしたら、バレるに決まってるじゃない! ねぇ、馬鹿なの!?」
怒りに任せて声を張り上げるたび、込み上げてくるのは怒りだけではなかった。
「そんなことするくらいなら……っ」
喉が震える。
「理由くらい言いなさいよ……! どうして姿を見せないの!? どうして何も話してくれないのよ!!」
気づけば涙が滲んでいた。
私は、この一か月ずっとユーリのことを考え続けていたのだと思う。
心配して、不安になって、帰りを待ち続けていた。
だからこそ、何も話してもらえなかったことが、ひどく悲しかった。
酷く裏切られたようにも感じた。
「少なくとも……そのくらいの信頼関係は築けていたと思っていたのよ!!」
理由も告げずにいなくなるなんて。ユーリと過ごしてきた日々は、彼にとってそんなに簡単に切り捨てられるものだったのだろうか。
そう思った瞬間、もう何も言えなくなった。
怒りも悲しみも、胸の奥でぐちゃぐちゃに混ざってしまって。
それでも最後に、確かめずにはいられなかった。
「……ねえ、違うの?」
少しは信頼されていると思っていた。少しは特別な存在になれたと思っていた。
そんな自分が、急に惨めに思えてくる。
(私たちが過ごした時間って、あなたにとってそんな程度だったの……?)
ユーリが帰ってこなくなってからの部屋は静かだった。けれど今は余計に静かに感じる。
叫び続けても返事はない。誰もいない部屋。そこにあるのは、補充されたスクロールだけだった。
リゼリアはその場へ力なく座り込む。
ユーリに対する怒りはもちろんある。腹も立つ。今すぐ捕まえて問い詰めてやりたいくらいだ。
それなのに、胸の奥では別の感情が静かに溢れていた。
(……生きていて良かった)
そう思ってしまったのだ。




