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執着王子から逃げた令嬢は、秘密だらけの天才魔導師に拾われました――愛だと思っていたものは、執着でした。  作者: ゆにみ
二章

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39、どういうことなのよ

 ユアンに「ユリスと何かあった?」と尋ねられた瞬間、リゼリアの心臓がどきりと大きく跳ねた。


 「な、何かあったというより……帰ってこないのよ」


 そう答えると、ユアンは「ああ」と納得したように手を叩いた。


 「なるほど〜。だからか!」


 「え?」


 「リーゼ、寂しかったんだね〜」


 「へっ!?」


 思わず変な声が出る。


 (さ、寂しい……!?)


 ユアンはうんうんと何度も頷きながら、どこか満足そうな顔をしている。


 「ち、違うわよ!」


 慌てて首を振る。


 「これは、その……心配というか……何かあったんじゃないかと思って!」


 「ふふ」


 「笑わないでよ、ユアン……」


 思わず頬が熱くなる。


 そんなつもりなんて、本当になかった。

 ……なかった、はずなのに。


 その時、不意にギルドへクロード殿下が現れた日のことを思い出した。


 あの日、一番最初に殿下と話していたのはユアンだった。

 その後のやり取りも見ていたはずだ。

 それに、私とユーリが偽名を名乗っていることだって、勘づいていてもおかしくない。


 なのにユアンは、何も聞かない。今まで通り接してくれている。


 だからこそ、気になってしまった。


 「そ、そういえば……この前なんだけど」


 「この前?」


 「ギルドに来た、あの人……」


 少しだけ言葉を選ぶ。


 「それに私とユリスの名前も、本当は――」


 「言わなくてもいいよ〜?」


 あっさりと遮られ、リゼリアは目を瞬かせた。


 「え?」


 「事情があるんだろうな〜とは思ったけどさ。こうしてリーゼがまた来てくれたんだから、それで十分じゃない?」


 ユアンは肩をすくめながら言う。こちらを気遣っている様子もない。


 「でも……名前も、本当は違うの」


 「うーん」


 少しだけ考える素振りを見せると、ユアンはいつもの笑顔で言った。


 「僕にとっては、リーゼはリーゼだよ。それにユリスもユリスだ」


 その言葉に、リゼリアは思わず目を見開いた。


 「名前が何だったとしても、今まで一緒に研究してきたリーゼは変わらないでしょ?」


 柔らかな笑みを浮かべながら、ユアンは首を傾げる。


 「……違う?」


 その問いに、リゼリアは何も答えられなかった。

 けれど胸の奥に張りつめていたものが、ふっとほどけていくのが分かった。


 誰にも説明しなくてもいい。受け入れてもらえている。


 そのことが、思っていた以上に嬉しかった。


 「……ありがとう、ユアン」


 自然と笑みがこぼれる。


 ユアンも、いつものようににこりと笑い返した。


 「じゃあ始めるよ〜!」





 ***



 そうしてリゼリアは、再びギルドでの研究に参加する日々を取り戻した。


 以前と違うのは、送り迎えをしてくれるユーリがいないこと。

 けれど大量にもらったスクロールのおかげで、今のところ不自由はなかった。


 気づけばユーリが帰ってこなくなって、一週間が経過していたのだ。


 (……本当に大丈夫なのかしら)


 ふと、以前のことを思い出す。


 怪我を負って帰ってきた日のことだ。


 あの時は魔法ですぐに傷を治してしまったけれど、あれ以外にも、自分の知らないところで怪我をしていたことは何度もあったのかもしれない。


 (ユーリは何をしているの?)


 ユーリは時々家を空ける。何をしているのか聞いたことはない。

 話したくないことを無理に聞くのも違うと思っていたから。


 (でも、こんなに帰ってこないなんて……)


 夕食を一人で口に運ぶ。いつもなら向かい側に座っているはずの人はいない。

 静かな食卓は、思っていた以上に落ち着かなかった。


 食事も、あまり喉を通らない。


 探そうにも、ユーリがどこへ行くのか、リゼリアは何一つ知らなかった。


 (もしかしたら……明日帰ってくるのかも)


 そんな淡い期待を抱きながら、その日も眠りについた。


 けれど――。


 二週間。


 三週間。


 待ち続けても、ユーリは帰ってこなかった。


 ある日、リゼリアは机の上に置かれたスクロールを手に取る。


 「……もう、だいぶ減ってきたわね」


 束は、最初に渡された時よりもずっと薄くなっていた。

 あの時、どうしてあんなに大量のスクロールを渡してきたのだろう。


 (もしかして……)


 最初から、長く帰れないことが分かっていた?


 そう考えた瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられる。


 何も言わずにいなくなるくらいなら、一言くらい残してくれればよかったのに。

 そんな思いが込み上げる。


 そして、一か月が過ぎた頃だった。


 リゼリアはある違和感を覚える。


 「……あれ?」


 スクロールが、減っていない。昨日も使ったはずなのに。

 首を傾げながら束を数える。


 (……気のせい?)


 そう思って、その日は深く考えなかった。


 けれど数日後――。

 もう一度数えたリゼリアは、思わず息を呑む。


 「……増えてる」


 間違いない。


 先日の違和感が気になって、数を覚えていたのだ。

 それなのに、明らかに増えている。


 こんなことができる人物は、一人しか思い浮かばなかった。


 「……ユーリ」


 呆然とスクロールを見つめる。


 帰ってこない。


 姿も見せない。


 なのに、スクロールだけは補充されている。


 「……どういうことなのよ」


 返事のない部屋に、戸惑いを含んだ声だけが静かに響いた。

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