38、ユーリのいない家
スクロールを受け取ったリゼリアは、さっそくそれを使ってユーリの家へと戻った。
見慣れた玄関。扉を開けば、どこか落ち着く家の匂いがする。
自分の家ではないはずなのに、不思議と肩の力が抜けた。
「……ただいま」
誰もいない家に向かって、ぽつりと呟く。もちろん返事はない。それなのに、なぜだか自然と口から出ていた。
リゼリアは苦笑しながら居間へ向かい、そのままソファへ倒れ込む。
「はぁ……」
思っていた以上に疲れていたらしい。
けれど同時に、胸の奥では別の感情も広がっていた。
(やっと帰ってきた……)
その考えに、自分でも少し驚く。
ここは本来、ユーリの家だ。自分の居場所ではない。
それなのに、今はここが一番落ち着く場所のように思えた。
とはいえいつかは出なくてはならないのだけど。
だけどまだお金も貯めていない。ある程度、自分で生活できるまではここでお世話になるつもりだ。
ユーリも好きにすればと言ってくれている。
しばらく天井を見つめたあと、ゆっくりと身体を起こす。
「……とりあえず、食事の準備でもしようかしら」
リゼリアは台所へ向かう。二人分の料理を作り終え、皿を並べる。
それが当たり前になっていた。
準備を終えて椅子に腰掛ける。
けれどまだユーリが帰ってくる気配はない。
「……ユーリ、遅いわね?」
当然、ぽつりと漏れた言葉に返事はなかった。
時計を見ると、まだそこまで遅い時間ではない。
王宮で会った時も、用事があると言っていた。
きっと長引いているだけよね?
そう思うことにした。けれど食事は少しずつ冷めていく。
「先に食べるわよ?」
誰もいないのにそう言ってしまって、思わず苦笑した。
そして一人で食事を済ませる。
後片付けをして、入浴を終えても、ユーリは帰ってこなかった。
寝間着に着替えたリゼリアは居間へ戻る。
なぜだか部屋がいつもよりも、とても静かに感じる。
いつもなら本を読んでいるか、何か怪しい研究をしているユーリがいるはずだったのだ。
「……うーん」
腕を組みながら考える。
思っているよりも長引いているのかしら?
理由は知らないけれど、元々ユーリは家を空けることもあった。数日帰らないことも珍しくない。
ただ、以前リゼリアが文句を言ってからは、最低限の書き置きくらいは残してくれるようになっていた。
だから余計に気になる。
(……何かあったのかしら)
胸の奥に小さな不安が生まれる。けれどすぐに首を振った。
相手は大魔導師ユーリ・アデラインだ。
心配する必要なんてない。
きっと数日もすれば何事もなかったような顔で帰ってくる。
「もう少し様子を見ましょうか」
そう納得させて、その日は眠ることにした。
その夜、広い家はひどく静かだった。
***
気づけばユーリが帰ってこなくなって三日が経っていた。
(やっぱり何かあったんじゃないの……?)
リゼリアは理由もなく家の中を歩き回る。ユーリが家を空けること自体は珍しくない。数日戻らないことだってあった。
でも最近は少なくとも書き置きくらいは残してくれていたし、連絡もなく姿を消すことはなかった。
(探すべき……?)
けれど三日程度なら、以前にもあったことだ。今の段階で騒ぎ立てるのは少し大げさな気もする。
その時、不意に王宮で別れた時のことが頭をよぎった。
(あの時のユーリ……)
どこか歯切れの悪い態度。言いようのない違和感。そして、不自然なくらい大量のスクロール。
(……まさかね)
考えかけて、リゼリアは首を振った。
一人で家にいると、どうにも余計なことばかり考えてしまう。
そういえば、まだギルドにも顔を出していなかった。王宮から戻ったら真っ先に行くつもりだったのに。
(……なんで行かなかったのかしら)
自分でもよく分からなかった。ただ、気づけばこの家で待っていたのだ。
いつ帰ってくるかも分からない誰かを待つように。
そこまで考えて、慌ててその思考を打ち消す。
「……とりあえずギルドに行こう」
小さく呟き、気持ちを切り替えるように息を吐いた。
もうクロード殿下から逃げる必要はない。だから認識魔法を使わなくてもいい。……けれど、突然元の姿で現れたら、ギルドのみんなを驚かせてしまうだろう。
以前はユーリがいないと認識魔法が使えなかった。けれど今は違う。魔力を込めたブレスネットを、ユーリから貰っていたのだ。
リゼリアはそっとブレスネットに触れた。
(ユーリがいなくても問題は……ない)
そうしてリゼリアは、貰ったスクロールを手にギルドへと向かった。
***
「リーゼ! 久しぶりだね〜!」
ギルドへ足を踏み入れた瞬間、ユアンの明るい声が飛んできた。
相変わらずの調子に、リゼリアも少しだけ肩の力が抜ける。
「忙しくて、やっと来られたの」
「魔力欠乏症も治ったんだって? 本当によかったよ〜!」
「ありがとう。でも今まで通り研究には参加するつもりよ」
そう答えると、ユアンは何故かじっとこちらを見つめた。
「……リーゼなんか疲れてる?」
「……えっと、そう見えるかしら?」
ユアンは顎に手を当てて少し考え込む。
「疲れてるっていうか……落ち着かない感じ?」
図星だった。自分ではそんなつもりは、全くなかったのに。
リゼリアは曖昧に笑って誤魔化す。
するとユアンが思い出したように言った。
「そういえばさ、リーゼが来られなかった間、ユリスはたまに顔を出してたんだよ~」
「えっ……そうなの?」
思わず声が上ずる。
そんな話は聞いていなかった。
「そうだよ〜。面倒だだなんて言いながら、なんだかんだ情に厚いよね〜」
「そ、そうなの……」
私が王宮にいた間のことだ。ユーリが何をしていようと、おかしな話ではない。
だけどなんだろう。数日姿を見ていないせいだろうか。
ユーリの話題が出るだけで、妙に落ち着かなかった。
(……なんで?)
疑問が浮かぶ。けれど答えは出ない。
そんなリゼリアの様子を見ていたユアンが、不意に身を乗り出した。
「ねえ、リーゼ」
「なに?」
「ユリスと何かあった?」




