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執着王子から逃げた令嬢は、秘密だらけの天才魔導師に拾われました――愛だと思っていたものは、執着でした。  作者: ゆにみ
一章

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4、黙って、俺に守られていればいい

 クロード殿下の瞳が真っ直ぐに、私を射抜く。


 正直、彼のことを恋愛対象として見たことはなかった。

 それも当然だ。私はつい先ほどまで、エドワード殿下の婚約者だったのだから。


 そんなこと……考えたことすらなかった。

 だから、今の私では彼の気持ちに応えることはできない。


 それでも、頼っていいのだろうか。

 魔力が尽きれば、私はそう遠くないうちに命を落とす。


 さっきまで、すべてを終わらせようとしていたくせに。


 私は視線を上げる。


 クロード殿下の瞳は、真っ直ぐだった。少なくとも、この家の誰よりも信じられると思えるほどに。

 けれど、その優しさに甘えてしまうのは……。


 (……ずるいわよね)


 気持ちに応えられないまま、利用することになるのだ。


 「......何を考えているのか、わかるぞ」


 不意に低い声が落ち、思わず肩が揺れた。


 「先ほどは、思わず想いを告げてしまったが……別に、返事を求めているわけじゃない」


 「俺の気持ちを利用してくれて構わない」


 その言葉に息が止まった。


 「だから、何も気にしなくていい」


 そっと、私の手を包み込む。逃がさないとでも言うように。


 「君のことを、守らせてほしい」


 (……ずるい)


 そんな言葉を向けられて、断れる人なんているのだろうか。

 それだけで、もう一度生きたいと思ってしまった。


 「......ありがとうございます」


 絞り出すように、そう答えた。


 「ああ、それでいい」


 そう言って、クロード殿下は柔らかく微笑む。


 けれどその笑みの奥に、ほんのわずかに――影が差した気がした。


 (......何、今の......?)


 わずかに違和感を感じた。


 「......とりあえず、今日のところはもう戻る」


 彼はローブのフードを深く被る。お忍びで来てくれていたのだろう。


 かつては、その見た目と闇魔法ゆえに忌み嫌われていた彼も、今ではこの国でも屈指の魔法使いだ。

 評判も、大きく変わっている。


 ……それでも。


 婚約破棄直後の私と接触していると知られれば、よくない噂が立つのは明らかだった。


 「また会いに来る」


 次の瞬間、彼の姿はふっと消えた。

 まるで最初からそこにいなかったかのように。


 (……やっぱり、規格外だわ)


 いとも簡単に移動魔法を使えるなんて。

 私は呆然と、その場に立ち尽くしていた。



 ***



 クロード殿下との会話を終え、私は屋敷へと戻った。


 廊下を歩きながら、ぼんやりと先ほどの出来事を思い返す。


 (……君のことを、守らせてほしい)


 あの言葉が、何度も頭の中で響いていた。

 胸の奥がじんわりと温かい。


 魔力欠乏症になってから、冷たい言葉ばかりを向けられてきた。


 婚約者には見放され、父には役立たずと罵られた。

 家族でさえ、魔力を失えば扱いが変わる。


 (今までの努力は……何だったのかしら)


 もう、この家にはいたくない。そう思った瞬間だった。


 胸の奥に溜まっていた靄が、すうっと晴れていく。


 ――そうよ。


 この家を出て、自分の力で生きていけばいい。


 私はこれまで、周囲の期待に応えるためだけに努力してきた。


 第一王子の婚約者として。

 公爵令嬢として。

 “優秀な娘”として。


 けれど、それは本当に私の望みだったのだろうか。

 ただ、誰かに求められる役を演じ続けていただけではないのか。


 (……自由になりたい)


 胸の奥から、ぽつりと本音が零れ落ちる。


 周囲から褒められても、どこか満たされなかった。

 今ならわかる。それは、自分の人生を生きていなかったから。


 これからは、自分の足で立って生きていきたい。


 そう思えた瞬間、不思議と胸が軽くなったのだ。


 




 ***




 自立するには、どうすればいいのだろう。


 まず必要なのは、お金。けれど私は働いたことがない。

 誇りだった魔力も失った今、私には何も残っていなかった。


 (……いっそ、貴族をやめられたら)


 ふと、そんな考えが浮かぶ。


 平民として生きる。

 以前なら考えもしなかった未来なのに、不思議と悪くないと思えた。


 窓辺へ歩み寄ると、夕風が頬を撫でる。


 その時だった。


 (……そうだ)


 魔力はなくても、知識はある。学ぶことは昔から好きだった。

 教師は難しいかもしれない。けれど、薬師なら。薬草や調合を学びながら働ける。


 ……悪くない未来に思えた。


 けれど、その道を選べば、クロード殿下とはもう簡単には会えなくなるだろう。


 王族と平民。

 本来なら、交わることのない身分だ。


 婚約破棄されたばかりの私と関われば、殿下にも悪い噂が立つ。

 それだけは避けたかった。


 それでも、生きたいと思えた。未来を考えられるようになった。


 それだけで十分だったから。




 ***




 数日後。


 私は早速、自立に向けて動き始めていた。

 机には薬学書と、魔力欠乏症について集めた資料が山のように積まれている。


 魔力欠乏症の患者は少ない。それでも治療を行う魔導師は存在する。

 定期的に魔力供給を受けなければ、生きられない以上、その情報は必要だった。


 そして、もう一つ。病そのものを治す方法。


 脳裏に浮かぶのは、一人の人物。


 ――ユーリ・アデライン。


 かつて魔法塔を統べていた、伝説級の大魔導師。

 数年前、突然その姿を消した人物でもある。


 彼なら何か知っているかもしれない。会える保証はどこにもない。


 それでも希望は捨てたくなかった。


 私は資料をめくり、小さく笑みをこぼす。


 (……楽しい)


 婚約は破棄され、家族にも見放された。

 状況は何一つ変わっていない。


 それなのに、誰かの期待ではなく、自分のために動いている。

 それだけで胸が軽かった。


 もう少し。

 もう少し準備が整えば、この家を出られる。


 そう思った、その時だった。


 ふいに、目の前へ影が落ちる。


 「リゼリア。体調はどうだ」


 突然降ってきた低い声に、肩が跳ねる。


 顔を上げると、そこにはクロード殿下が立っていた。


 「殿下……!」


 「すまない。驚かせたな」


 彼は穏やかに微笑む。


 「そろそろ魔力供給が必要だと思って来た」


 その声音は優しいものだった。


 けれど、その視線がふと机の上へと落ちた瞬間――空気が変わった。


 「……これは、なんだ」


 静かな声だったけれど、何故か背筋がぞくりと震える。


 彼の視線の先には、魔力欠乏症の治療を行う魔導師たちの資料と、薬学書。


 (......あ)


 しまった、と思った時には遅かった。


 彼は、自分が私を支えると言ってくれていたのだ。


 それなのに私は、何も言わずに別の手段を探している。

 

 気分が悪くなっても不思議ではない。

 説明しないと……。


 「殿下、その……」


 言葉を選ぶ間もなく、彼が一歩、距離を詰めてくる。


 「俺がいると言ったはずだ」


 低く、抑えたような声だった。


 「どうして、他を探す?」


 逃げ場を塞ぐように、視線が絡む。


 「……頼りきりになるのは、申し訳ないと思って」


 気圧されながらも、なんとか答える。


 「それに、これは……その……自立のための準備で……」


 「自立?」


 彼の眉がぴくりと動いた。


 「はい。……この家を、出ようと思っているんです」


 そう告げた瞬間。


 部屋の空気が、一気に冷え込んだ気がした。


 「......は?」


 乾いた声が落ちる。


 先ほどまでの穏やかさが、綺麗に消えていた。


 「そんな必要はないだろう」


 ゆっくりと、彼が近づいてくる。赤い瞳が、まっすぐ私を捉えていた。


 「それとも――」


 細められた瞳に、ぞくりとする。


 「俺から逃げるつもりか?」


 「ち、違います……!」


 反射的に否定する。


 逃げる?

 どうしてそんな話になるの。


 けれど彼は、納得した様子を見せなかった。


 「リゼリア」


 優しく名前を呼ばれたのに、本能的に身体が強張る。


 「君は、何も心配しなくていい」


 そっと手を取られた。


 その指先には、逃がすまいとするように力がこもっている。


 「こんな苦労をする必要はない」


 低く、甘く囁かれる。


 「――黙って、俺に守られていればいい」


 そして次の瞬間、強く腕を引かれた。


 「え――」


 景色が、ぐにゃりと歪む。


 黒い魔力が視界を覆い尽くし、足元が浮くような感覚に襲われた。


 (これって、転移魔法――!?)


 理解した時には、もう遅い。


 「……っ!」


 抗う間もなく、身体が闇へ飲み込まれていく。


 そして次の瞬間、世界が反転したのだった。

お読みいただきありがとうございます!

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