4、頼ってもいいのだろうか
クロード殿下の瞳が真っ直ぐに、私を射抜く。
正直、彼のことを恋愛対象として見たことはなかった。
それも当然だ。私はつい先ほどまで、エドワード殿下の婚約者だったのだから。
そんなこと……考えたことすらなかった。
だから、今の私では彼の気持ちに応えることはできない。
それでも頼ってもいいのだろうか。
魔力が枯渇すれば、私はそう遠くないうちに命を落とす。
(死ぬのは……怖い)
さっきまで死のうとしてたくせに。矛盾もいいところだ。だけど、本音を言えば頼りたい。
私は視線を上げた。クロード殿下の瞳は、まっすぐで揺らぎがなかった。
……少なくとも、家族よりは信じられる。
(……信じても、いいの?)
けれど同時に、胸の奥に引っかかるものがあった。
彼の気持ちを利用しているようで。躊躇いが消えない。
(ずるいわよね……)
気持ちに応える気もないのに頼るなんて。
「......何を考えているのか、わかるぞ」
不意に低い声が落ち、思わず肩が揺れた。
「先ほどは、思わず想いを告げてしまったが……別に、返事を求めているわけじゃない」
「俺の気持ちを利用してくれて構わない。だから、君は何も気にしなくていい」
その言葉に息が詰まる。
「ただ――」
そっと、私の手を包み込む。逃がさないとでも言うように。
「君のことを、守らせてほしいんだ」
やさしい声だった。なのに、なぜか――抗えない。
(……ずるい)
こんな言い方をされて、断れる人がいるのだろうか。きっと私は、弱い人間だ。
ついさっきまで、すべてを諦めてしまおうとしていたのに。婚約者からは捨てられ、父には見限られて。自分の存在価値がなくなったように思えた。
でも、目の前に私を肯定してくれる人がいる。
それだけで未来に希望を持ってしまったのだ。
「......ありがとうございます」
絞り出すように、そう答えた。
「ああ、それでいい」
そう言って、クロード殿下は柔らかく微笑む。
けれどその笑みの奥に、ほんのわずかに――影が差した気がした。
(......何、今の......?)
わずかに違和感を感じた。
「......とりあえず、今日のところはもう戻る」
彼はローブのフードを深く被る。お忍びで来てくれていたのだろう。
かつては、その見た目と闇魔法ゆえに忌み嫌われていた彼も、今ではこの国でも屈指の魔法使いだ。
評判も、大きく変わっている。
……それでも。
婚約破棄直後の私と接触していると知られれば、よくない噂が立つのは明らかだった。
「また会いに来る」
次の瞬間、彼の姿はふっと消えた。
まるで最初からそこにいなかったかのように。
(……やっぱり、すごい)
いとも簡単に移動魔法を使えるなんて。
私は呆然と、その場に立ち尽くしていた。
***
クロード殿下との会話を終え、屋敷へと戻る。
部屋へ向かおうと廊下を歩いていると、背後から声がかけられた。
「あら、どちらへ行っていらしたのかしら」
振り返ると、そこには義母と義妹のローズが立っていた。
「お母様、お義姉さまがかわいそうですわ。きっと一人になりたかったのでしょう?」
「そうね。配慮が足りなかったわ」
言葉だけ聞けば、気遣っているようにも聞こえる。
けれど――違う。
私は知っている。あの二人の目は、まったく笑っていない。
むしろ――楽しんでいる。
「……話はそれだけでしょうか」
私は淡々と告げる。
今日はもう、誰とも関わりたくなかった。一刻も早く、この場を離れたい。
「まあ、相変わらずねぇ」
義母は小さく肩をすくめる。
「そんな態度だから、捨てられてしまうのよ?」
「お母様、本当のことを言っては可哀想ですわ」
くすくすと笑い声が重なる。
胸の奥が、じくりと痛んだ。けれど――言い返す気力は、もう残っていなかった。
私は何も言わず、その場を後にする。
背後からまだ何か聞こえてくるけれど、振り返らなかった。
――もう、いい。
今までも、この家で居場所などなかったのだから。
第一王子の婚約者という立場があったからこそ、表立って何もされなかっただけ。
今の私は、婚約破棄され、魔力も失った――ただの“役立たず”。
(……このままじゃ、ここにも居られなくなる)
足を止めることなく、前へ進む。
息は浅く、体は重い。
それでも、さっきまでとは違う。
(……生きなきゃ)
ほんの少しだけだけど、確かにそう思えた。
クロード殿下の言葉が、胸の奥に残っている。
「……俺がいる」
あの一言が。まだ消えずに、そこにある。
(……頑張らなきゃ)
自然と、口元がわずかに上がっていた。
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