3、ようやく届いたみたいだ
私の頭を撫でていた手がそっと離される。
ほんのわずかな温もりが消えて――胸の奥に小さな寂しさが残った。
いや、違う。寂しさというより……何かが足りなくなったような感覚? 上手く表現ができない。
(…………?)
なぜだろうと考え込んだその時、クロード殿下はゆっくりと口を開いた。
「君の病気のことは、心配しなくていい。これからは俺が魔力補充を行う」
「えっ……!?」
思いもよらない提案に、思わず声が漏れる。
「で、でも――」
「心配はいらない」
言葉を遮るように、静かに告げられる。
「俺の魔力量は人より多い。負担にはならない」
確かに、魔力供給は通常であれば大きな負担になる。けれどクロード殿下は、この国でも指折りの魔法師だ。魔力の供給は、それほど負担ではないのだろう。
でも、問題はそこじゃなくて――。
「王族の方に、そこまでしていただくわけにはいきません」
首を横に振る。
「今回のことでも十分すぎるほど助けていただきました。あとは、自分で何とかします」
そうだ。
これ以上、彼に頼る理由なんて――本当はないはずなのに。
クロード殿下は、何も言わずにこちらを見つめていた。
(え……?)
沈黙が、やけに長く感じられる。
(な、何か言ってくださらないの……?)
視線から逃げるように、思わず目を逸らしかけた、その時。
そっと、手を取られた。
「……健気だな」
彼は小さく息を吐く。
その声音は優しくて、けれどどこか――逃がさない響きを含んでいた。
「俺のことは気にしなくていい。だから、安心して身を預けてほしい」
......もう何を言っても聞いてくれない気がする。
このまま流されてしまおうかと考えがよぎる。けれど、どうしても一つだけ気になることがある。
「……殿下は、どうして……そこまでしてくださるのですか?」
私は視線を上げ、彼を見つめる。
クロード殿下と再会してから、ずっと抱いていた疑問だった。
過去に関わりはあった。けれど、それだけだ。
婚約者でもなければ、特別親しい間柄でもない。
それなのに――どうして、ここまで。
もちろん、魔力供給の申し出は、私にとってありがたい提案ではあるのだけれど――。
しばしの沈黙の後。彼は、静かに口を開いた。
「......俺がそうしたいんだ」
「......え?」
「君のことを、ずっと想っていた」
「ええっ!?」
予想外の言葉に、思わず声が裏返る。頬が一気に熱を帯びるのがわかった。
(だ、だって……そんな様子、今まで一度も……!)
戸惑う私を見て、クロード殿下は一瞬だけ目を見開いた。けれどすぐに、ゆるやかな笑みを浮かべる。
「......ようやく、届いたみたいだ」
その言葉に、どきりと心臓が跳ねる。
次の瞬間、彼は私の髪を一房すくい上げた。
指先で丁寧に整え、そのまま――唇を寄せる。
その動作に息が止まるようだった。
視線を逸らすこともできないまま、ただ見つめ返してしまう。
「もう、誰の婚約者でもない」
低く、囁くような声が耳元で響く。
「……だから」
一瞬の間。その沈黙が、やけに長く感じられた。
「これからは、覚悟してほしい」
私の運命が動き出した――そんな瞬間だった。
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