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魔力欠乏症と診断された公爵令嬢は、執着王子から逃げていたら最強魔導師に拾われました  作者: ゆにみ


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2、執着王子との過去

 リゼリアはクロード殿下に強く抱きしめられたまま、動けずにいた。


 (......あたたかい)


 胸の奥に広がる温もりに、一瞬だけ力が抜けそうになる。


 けれど、すぐに我に返った。


 (えっと……いつまでこうしていればいいのかしら……)


 困惑のあまり目をぱちぱちと瞬かせていると、クロード殿下の腕がゆっくりと離れた。


 「......顔色が悪いな」


 そう言って、彼は私の手をそっと取った。


 その瞬間だった。冷え切っていた身体の奥に、じんわりと熱が灯る。


 まるで、失くしていたものが元に戻るような――そんな感覚があった。


 浅くなっていた呼吸がすうっと楽になる。

 重かった頭も、嘘のように軽くなっていく。


 (……これ……)


 指先に、わずかな“流れ”を感じた。私にとって、失われたはずのもの。


 (……魔力だわ)


 優しく問いかけられ、私は小さく頷く。


 「……ありがとうございます、クロード殿下」


 「いや、いいんだ。それよりも、先ほどは肝が冷えた」


 彼の視線が、わずかに揺れる。


 「君が池に飛び込もうとしているんじゃないかって……」


 「……え?」


 一瞬、言葉の意味を理解できなかった。思わず、足元へと視線を落とす。


 (......あっ)


 わずかに足先が濡れていたのだ。


 先ほどまで投げやりにはなっていた。でも、本気で死のうとした訳じゃない。


 ――自分ではそう思っているつもりなのに。


 足先は、無意識に水面へと向かっていたのだろう。


 (……私、何を……)


 ぞくり、と背筋が凍りつく。


 もし、あのまま引き止められなかったら――その考えがよぎった瞬間、血の気が引いた。


 「無理をしなくていい」


 クロード殿下の手が、そっと私の頭を撫でる。


 「病気にかかり、婚約も……辛かったな」


 大きな手が、優しく髪をすくう。

 その仕草に、心臓がぎゅっと締め付けられる。


 ちらりと、彼の表情を盗み見る。


 そこにあったのは――紛れもない、心配の色だった。

 胸の奥が、じんわりと温かくなる。


 さっきは、どうしてここにいるのだろうと疑ってしまった。けれどクロード殿下は、こうして私を助けてくれた。魔力まで分け与えてくれたのだ。


 (疑ってしまったのに……)


 胸の奥に小さな罪悪感が広がる。


 魔力欠乏症になってからというもの、冷たい扱いばかりだった。


 だからこそ、彼の優しさがひどく染みた。


 でも、どうして彼はこんなにも私を気にかけるのだろうか。




 ***




 私とクロード殿下が初めて言葉を交わしたのは、王宮だった。


 彼は第二王子でありながら、兄であるエドワード殿下とは対照的に、闇魔法を扱う。


 黒髪に赤い瞳。

 その見た目と魔法の性質から、人々に忌み嫌われていた。


 当時の彼は、目元を隠すように長く伸ばした前髪と、誰とも関わろうとしない静かな佇まいが印象的だった。


 あの日も、木陰でひとり本を読んでいた。ふと視線が合った瞬間、彼はすぐに顔を逸らした。


 「……失礼ですね。なぜ避けるのですか」


 思わず声をかけると、彼は少しだけ間を置いて答えた。


 「……気味が悪いだろう」


 「……え?」


 「皆、そう言う。闇魔法に、黒髪、赤い瞳……まるで悪魔のようだと」


 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。


 そして次の瞬間には、思わず言葉がこぼれていた。


 「……まさか、それを本気で受け取っているのですか?」


 彼が驚いたようにこちらを見る。


 「艶やかな髪に、宝石のように輝く瞳……どこが悪魔なのですか」


 言葉が、自然と続く。


 「それに魔法の実力も噂で聞いています。努力されているのでしょう? 恥じることなど、何もありませんわ」


 彼の瞳が、大きく見開かれた。


 「……ありがとう」


 ぽつりと零れた声は、ひどく小さくて。


 「そう言ってもらえたのは、初めてだ」


 少しだけ、照れたように笑った。


 「でも、今のままだと少し勿体無いですわ」


 「……勿体無い?」


 「ええ」


 私はそっと手を伸ばし、彼の前髪を掻き上げた。


 「こんなに綺麗な瞳を、隠してしまうなんて」


 その瞬間、彼の顔がみるみる赤くなる。


 「な、何をするんだ……!」


 慌てて立ち上がり、そのまま逃げるように去っていった。


 当時の私は、その反応の意味を理解していなかった。


 だけど振り返ると、随分と失礼な振る舞いをしていたわ......。

 今でもあの頃を思い出すと恥ずかしくなる。




 数日後。


 再び王宮を訪れた際、彼とすれ違った。


 その姿に、思わず目を見張る。


 「殿下……髪を、切られたのですね」


 「……ああ」


 短くなった髪の下から、あの瞳がはっきりと覗いていた。


 「とても素敵です」


 「……ありがとう」


 照れくさそうに微笑むその表情は、どこか柔らかくて。


 それからは、顔を合わせれば言葉を交わす程度の関係になった。


 けれど――


 私はエドワード殿下の婚約者。

 それ以上、距離が縮まることはなかったはずなのに。


 (……どうして)


 今のこの状況が、私にはどうしても理解できなかった。


 それに、思い出の中のクロード殿下は、照れたように笑っていた。


 けれど今の彼は違う。


 優しいはずなのに、時折見せる眼差しに言いようのない違和感を覚える。


 同じ人のはずなのに。

 なぜだか、別人を見ているような気がした。

お読みいただきありがとうございます!

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