32、だから違うのに
私は王宮へ戻ってきたのではない。話をしに来たのだと、クロード殿下へはっきりと伝えた。
クロード殿下は一度目を瞬かせ、それから何かを考えるように視線を伏せる。
けれど次の瞬間には、どこか安心したように微笑んだ。
「……そうだな。積もる話もあるだろう」
そう言うと彼は侍女を呼び、お茶の用意をさせる。
そして私をソファーに座られせると、当然のようにクロード殿下も隣に腰を下ろした。そのまま自然と肩を抱き寄せられる。
「さあ、聞かせてくれ」
……やっぱり伝わっていない気がする。
どうしてこうも話が噛み合わないのだろう。
私は話し合いをしに来たのであって、恋人同士の再会をしに来たわけではない。
けれどここで強く拒絶してしまえば、本音を聞き出せなくなるかもしれない。そう考えた私は、肩に回された腕が気になりながらも話を続けることにした。
「まずは……殿下にご心配をおかけしてしまったことを謝らせてください」
そうして深く頭を下げる。
いきなり本題をぶつけるより、まずは警戒を解いた方がいい。そう考えたのだ。
「いや、いいんだ。こうして無事だったのだから」
そう言って、クロード殿下は私の頭を優しく撫でた。まるで大切なものを失わずに済んだと安堵するように。
(……やっぱり振り払うべきかしら)
一瞬そう思う。けれど今は我慢だ。
ここで感情的になれば、話そのものが進まなくなってしまう。
私はそっと息を吐いた。
「だけど今まで、どこで過ごしていたんだ?」
クロード殿下が尋ねる。その声は穏やかだったけれど――。
「……やはり、あの男と一緒にいたのか?」
その瞬間だけ、声色が僅かに変わった。縋るような、確かめるような視線が向けられる。
私は小さく頷いた。
「……はい」
一瞬、沈黙が落ちた。空気が重い。
「……何かされていないか?」
低い声が耳元に落ち、腕や肩に視線を走らせた。まるで怪我の有無を確認するようだった。
(だから違うのに……)
胸の奥でため息をつく。このままでは、また話が違う方向へ進んでしまう。
私は膝の上で手を握りしめた。
「……殿下」
クロード殿下が私の顔を覗き込む。
「ん?」
私は覚悟を決めて口を開こうとした。
その沈黙を、クロード殿下は別の意味に受け取ったらしい。
「やはり何かされたのか……!?」
クロード殿下が勢いよく立ち上がる。
「えっ!?」
思わず声が漏れた。
彼の赤い瞳に、怒りの色が宿っている。
「くそ……! やはりあの男……!」
黒い魔力が僅かに揺らぐ。
「すぐにでも捕らえさせる。今度こそ逃がさない」
言葉の端々に怒気が滲んでいた。
まずい。
このままでは、また話が終わる。
私は慌てて立ち上がり、クロード殿下の手を掴んだ。
「待ってください!」
その瞬間、クロード殿下の動きが止まる。赤い瞳が私を映した。
「……リゼリア?」
先ほどまでの怒りが嘘のように静まっている。
私は息を整えた。今しかない。
「聞いてください、殿下」
真っ直ぐ見つめる。
しばらくして、クロード殿下は再びソファーへ腰を下ろした。
その様子を見て、私は小さく安堵する。けれど、ここからが本番だった。
「私は誘拐なんてされていません。自分の意思で、ここを出たのです」
そうはっきりと告げたその時。
クロード殿下の表情から、ゆっくりと色が消えていく。
その瞬間、私は悟った。
ここから先の話し合いは、きっと平穏には終わらない。




