30、あの時の殿下は何だったの?
ユーリの言葉を、もう一度頭の中で反芻する。
「あいつのそばにいると、息苦しくなったんじゃないか?」
ある考えがよぎる。でもすぐに頭の中で否定した。
だって……だって、クロード殿下は……辛かったあの時、私に生きる希望をくれた。
だから……。
顔を伏せたまま、リゼリアは言葉を探すように黙り込んだ。その様子を、ユーリは静かに見ていた。
「……なあ。俺が思うに、お前の魔力を奪っていたのは――」
「言わないで」
思わず言葉を遮っていた。
「……は?」
ユーリがわずかに眉をひそめる。
「お願い」
自分でも驚くほど、声がかすれていた。ユーリは一瞬黙る。
「……お前、あいつのことが怖いんじゃないのか?」
「違うの。そうじゃないの……」
「じゃあなんだ? 本当はもう分かってんじゃねえのか?」
ユーリが何を言いたいのか分かっている。でも、それならあの時の殿下は何だったの?
信じたい気持ちと受け入れられない事実に押しつぶされそうだった。言葉にしたくなかった。
「……やめて。だって……殿下は私を助けてくれたの」
その言葉に、ユーリの視線がわずかに動いた。
「何言ってんだ? 前にお前が言ってたことと矛盾してるだろ」
低く呆れたような声だった。それが妙に胸に突き刺さる。
「前に王宮が息苦しいと言ったのは本当よ。でも……信じられないの。だって殿下はその……私のこと、すきだって……そう言ってくれて……だから……」
「はぁ……」
ユーリのため息が響く。その音だけで胸が痛くなりそうだった。
(私だって分かっているわよ……)
何だかもう無茶苦茶だ。
「“好き”って言われたら、それで全部帳消しになるのか?」
「それは違う……!」
「……そうかよ。でもアイツに近づいて苦しかったんじゃないか? それなのに信じるって?」
「……それは」
ユーリが畳み掛ける様に現実を突きつけてくる。
考えれば考えるほど辻褄が合ってしまう。街で会った時も、ギルドでも……突然息苦しくなる時にいつも近くにいたのは……。
分かっているのに理解したくない。今まで自分が信じてきたものが崩れることに怖くなった。
(だって……だって……!)
「ああ、お前も好きってことか? それなら逃げる必要なんてないからな」
その時、心臓がスッと冷えた。
どこか苛立ったような声音だった。ユーリの口から放たれる”好き”という言葉に私は過敏に反応してしまう。
「ち、違うわ……!」
思わず前のめりに否定していた。その勢いに、ユーリが一瞬だけ目を瞬かせる。
「……そうなのか?」
「うん、ごめんなさい。私も、混乱してて……」
呼吸を整えるように言葉をつなぐ。
(落ち着かなきゃ……逃げてばかりもいられない)
これは私自身の問題よ。真実を知らなきゃいけない。そうでないと魔力だって取り戻すことはできない。
だから私は立ち上がるの。
「でも少し落ち着いたわ。私、殿下に会いに行く」
「……は?」
「直接話さないと分からない。だから確かめるの」
「ダメだ、危険だ。アイツ異常だろ」
ユーリは強く否定した。さっきの出来事を思えばユーリが心配するのも無理はない。でもクロード殿下は本来、落ち着いた人なのよ。
「大丈夫よ。王宮にいた時だって、殿下は私に何もしなかった。むしろ……過保護なくらいだったの」
リゼリアは小さく首を振る。その瞬間、ユーリの眉間に深い皺が寄った。
「……だから問題なんだろ」
「え?」
「普通はそこまでしねえんだよ」
呆れたような声だった。
「お前、自分で言ってておかしいと思わねえのか?」
「それは……」
「息苦しかったんだろ。逃げたかったんだろ」
ユーリは低く言い捨てる。言葉がグサグサとリゼリアに突き刺さる。
「なのに過保護だったから大丈夫だって? 過保護と執着は違うぞ」
リゼリアは答えられなかった。ただ、胸の中の“信じたいもの”を必死に握りしめる。
「……じゃあ俺も着いていく」
「いえ。これは私自身の問題なの。一人でいくわ」
それだけは私の中ではっきりとしていた。立ち向かわなきゃいけないと。
「……それ、本気で言ってんのか?」
「ええ。本気よ」
私はまっすぐにユーリを見つめる。
その時、ユーリのため息が再び静かな部屋に響く。
「もう何言っても聞かねえな……好きにすれば?」
急に突き放された様な気分になる。いつもの軽さは全くない。距離が一気に離れたような気がして、胸が痛む。
でもこれは自分で決めたこと。逃げるわけには行かない。私は必死に言葉を絞り出した。
「……ありがとう」
それ以上、ユーリは何も言わなかった。背を向けて歩き出し、私室へと消えていく。
私は彼の表情が最後までよく見えていなかった。




