19、一つの仮説(sideクロード)
クロード・アストリア第二王子は焦っていた。
「リゼリア……どこにいるんだ?」
彼女は……今誰といる? 何を考えている?
それが分からないことが、何より気に入らなかった。
王家の名で捜索告示を出した。騎士団も動員した。街という街に彼女の似顔絵を貼らせた。
それでも見つからない。まるで最初から存在しなかったかのように。
そんなある日。
「お前……リゼリアのことを探しているそうだな」
背後から声をかけられ、クロードは足を止めた。振り返れば、兄である第一王子エドワードが立っている。
「聞いたぞ。今、王都では色々と噂になっているらしいな」
クロードは表情を変えなかった。
「兄上には、もう関係のない話ではありませんか?」
エドワードが僅かに眉をひそめる。だがクロードは構わず続けた。
「婚約を破棄したのは兄上です」
兄上は知らない。
あの日、リゼリアがどんな顔をしていたのか。
どれほど追い詰められていたのか。
クロードは静かに息を吐く。
「これは俺の問題です」
冷えた声で言い切る。エドワードは何か言いたげだったが、結局口を閉ざす。
「……そうだな」
「では」
クロードはそれ以上話す気もなく、その場を後にした。
言われなくとも承知している。第二王子が一人の令嬢を必死に捜索しているとなれば、どのように思われるかと言うことも。
だが元婚約者である兄上から直接言われれば腹が立って仕方ない。
(兄上には関係ない)
(リゼリアを手放したのは兄上だ)
静まり返った廊下にエドワードだけが残される。
しばらくして、彼は小さく息を吐いた。
「あいつ……」
昔から気付いていた。
クロードがリゼリアを見る時だけ、どこか違うことに。
だが――。
「まさか、あそこまでとはな……」
弟の執着に、エドワードは僅かな寒気を覚えていた。
***
エドワードと別れたクロードが足早に廊下を進んでいると、不意に呼び止められる。
「……クロード殿下!」
振り返ると、そこには第一王子である兄上の新たな婚約者、エレノア・フェルナールが立っていた。
「何の用だ」
素っ気なく問うと、彼女は戸惑うように視線を揺らした。
「その……ずっとお話しようと思っていたのですが」
なかなか本題に入らない。クロードの苛立ちは募るばかりだった。
(……早くしてくれないか)
リゼリアの捜索で時間はいくらあっても足りないんだ。
「用がないなら失礼する」
そう告げた瞬間。
「リゼリア様のことです」
彼女の名前が出た瞬間、クロードの足がぴたりと止まる。
「……続けろ」
エレノアは小さく息を呑む。
「リゼリア様の病気です」
「病気?」
「うまく説明できないのですが……何か引っかかるんです」
「引っかかる?」
「はい。だから行方不明になったことも、その病気と何か関係があるのではないかと思って……」
その時、二人の間にはしばしの沈黙が落ちた。そしてクロードはゆっくりと口を開いた。
「…………それで?」
静かな声だった。けれど、なぜかエレノアは背筋に冷たいものが走るのを感じた。
「す、すみません。確証があるわけではないんです。ただの考え過ぎかもしれなくて……」
クロードは何も言わずに、ただ静かに彼女を見つめていた。
その視線に耐え切れなくなったのか、エレノアは慌てて頭を下げた。
「引き止めて申し訳ありませんでした」
そう言い残し、足早に立ち去っていく。クロードはその背中を無言で見送った。
(…………なんだ?)
何か知っているのか。それともただの勘か。分からない。
だが――。
(注意しておく必要があるな)
エレノア・フェルナール。
この国の聖女の名を、クロードは静かに胸の内へ刻み込んだ。
***
自室へ戻ったクロードは、窓辺にもたれかかっていた。
リゼリアが姿を消してから一ヶ月。何も掴めていない。追跡魔法も途絶えたままだ。
こんなにも見つからないものだろうか?
窓の外を見つめながら、あの日のことを思い出す。
(……追跡魔法……)
追跡魔法は消された。正確には解除されたのだ。力任せに破壊されたわけではない。
極めて高度な術式で上書きされたのだ。
だからこそ分かる。相手は高位の魔法師。少なくとも王国内でも指折りの実力者だ。
そしてそれは、あの日リゼリアを連れ去った男なのだろう。
(……そうか)
クロードは顔を上げた。痕跡が見つからないなら、別の痕跡を辿ればいい。
その足ですぐに向かった先は魔法塔だった。
「この日、不在だった者はいるか?」
差し出した日付は、リゼリアが姿を消した日だった。
俺の追跡魔法を解除できるものなど限られる。優秀な魔法師が集まるこの魔法塔の所属である可能性が極めて高い。
魔法塔の職員は困惑した表情を浮かべる。
「いえ、この日は全員出勤しております」
「……そうか」
だが、ここ以外に怪しい場所などなかった。これで終わる訳にはいかなかった。
「では、全員集めてくれ」
「……えっと?」
「今すぐだ」
ほどなくして魔法塔所属の魔法師たちが集められた。
クロードは一人ずつ見ていく。
(……違う、こいつも違う……)
どの人物も魔力の質が違っていた。
あの日感じた圧倒的な魔力とは一致しない。
ここにいる魔法師たちからも強い魔力は感じるが……あの日のものとは違う。
最後の一人まで確認したが、結果は同じだった。
……ここにはいないのか?
王宮へ戻ったクロードは執務室で考え込む。
あの男は誰だったのか。自分と同等か、それ以上の魔力。
魔法塔にもいない。王宮にもいない。そんな人間が、この国に何人いる?
その時、クロードは閃いた。
いや、一人だけいた。数年前に突如姿を消した伝説級の大魔導師。
「……ユーリ・アデライン……」
静かな部屋にその名が落ちる。もちろん確証はない。
だが、もし本当に彼だとしたら――。
リゼリアの失踪と無関係とは思えなかった。
クロードの中で、一つの仮説が形になり始めていた。
リゼリアを連れ去ったのがお前なら――必ず見つけ出す。




