16、最強魔導師との共同生活②
ユーリの魔法を使い、私たちは街へとやって来た。まず足を踏み入れたのは市井だった。
大勢の人々が行き交い、あちこちから賑やかな声が聞こえてくる。
屋台から漂う香ばしい匂いが鼻をくすぐり、子どもたちが楽しそうに駆け回っていた。
(外だわ……!)
思わず胸が高鳴る。
これまで外出といえば、貴族向けのブティックや高級料理店ばかりだった。
こんなふうに多くの人で賑わう場所へ来たことはほとんどない。
それに、ずっと王宮に篭りきりだった日々が続いていたのだ。何気ない景色さえ、今は眩しく見えた。
リゼリアは自然と笑みをこぼしていた。
「嬉しそうだな」
隣を歩くユーリがぼそりと言う。
「ええ! だってはじめてだもの!」
「ふーん。まあ貴族ならそうか」
相変わらず興味なさそうな返事だった。彼は通常運転である。
けれどその声音はどこか柔らかい。
少しずつだけれど、この人のことも分かってきた気がする。
その時だった。
ぐぅぅぅぅぅ。
リゼリアのお腹の音が盛大に鳴り響いた。
「……っ!」
咄嗟にお腹を抑えたけれど、もう遅かった。穴があったら入りたい。
恐る恐る隣を見ると、ユーリは普通の顔をしていた。
「腹減っているのか?」
「逃げ出してから何も食べてなくて……」
するとユーリは「そうか」と小さく呟いた後、当然のように続けた。
「じゃあ飯だな」
あまりにも自然に言われて、逆に拍子抜けしてしまう。
お腹の音については触れられなかったけれど、それはそれで少し恥ずかしかった。
(いっそ笑ってほしかったんだけど……!)
そんなことを思いながらも、ふと不安が胸をよぎる。
「でも、本当に大丈夫なのよね?」
「何がだ」
「認識魔法よ」
ユーリに魔法をかけてもらったとはいえ、自分の目には全く変化が見えないのだ。
もし見つかれば、また王宮へ連れ戻されるかもしれない。そう思うだけで身体が強張る。
ユーリは面倒そうに肩をすくめた。
「大丈夫だろ。かかってなかったら今頃とっくに捕まってる」
「え? どういう意味……?」
「ほら、見てみろ」
ユーリが顎である方向を示した。そして私は何気なく視線を向けた。
「……っ!」
その瞬間、心臓が大きく跳ねる。
なんと街の掲示板や建物の壁、人通りの多い広場など、至るところに私の顔が貼られていのだ。
思わず悲鳴を上げそうになり、慌てて口を押さえる。
「すごいな」
隣でユーリが感心したように呟く。
「何がよ……」
「ここまで探される奴、初めて見た」
「他人事みたいに言わないで」
「他人事だからな」
即答され、思わず言葉に詰まる。
けれどユーリはどこ吹く風だった。
「まるでお尋ね者だな」
「笑い事じゃないわよ……!」
ユーリは楽しそうに肩を揺らしている。
(ひどい……!)
けれど、その様子を見ていると少しだけ落ち着いた。
少なくとも今は誰も私に気づいていない。
認識魔法は本当に効いているらしい。
安心すると同時に、胸の奥が重くなる。
(クロード殿下は、本気で探しているのね……)
貼り出された大量の張り紙が、その執念を物語っていた。
(気を引き締めないと)
もう捕まるわけにはいかない。
私は自分の人生を取り戻すのだから。
「安心したか?」
不意にかけられた言葉に、リゼリアは目を瞬いた。
「え?」
そんなふうに気遣うような言葉が、ユーリの口から出てくるとは思わなかったからだ。
「なら飯だ」
そう言って彼はさっさと歩き出す。
相変わらず説明も気遣いも足りない。
けれど今は、その背中が少しだけ頼もしく見えた。
「ええ」
リゼリアは小さく頷き、その後を追いかけた。




