幕間「元婚約者の場合」(sideエドワード)
”王族たるもの、民のために捧げよ”
この国の第一王子、エドワード・アストリアは幼い頃からそう教えられてきた。
当然のことだと思っていた。
王族は多くのものを与えられる立場だ。
だからこそ、それを国へ返さなければならない。
それが上に立つ者の責務だと、疑ったことはなかった。
十二歳の時、私はリゼリアと婚約した。
高位貴族令嬢の中でも群を抜く魔力を持ち、成績も優秀。
将来の王妃として申し分のない存在だった。
共に過ごす時間も悪くなかった。
穏やかで聡明で、無駄な感情論を持ち込まない。
彼女といると落ち着いた時間が流れていた。
愛があったかと問われれば、答えに迷う。
だが少なくとも、将来を共に歩む姿は想像できていた。
――あの日までは。
リゼリアが魔力欠乏症を発症したのだ。
知らせを聞いた瞬間、胸に浮かんだのは心配だった。
(大丈夫なのだろうか)
けれど同時に、別の考えも頭をよぎる。
王妃には相応の力が必要だ。
いくらリゼリアが優秀でも、魔力を失った以上、この婚約を維持するのは難しいだろう。
我ながら冷たいと思った。
王族ゆえに大勢の民の命を預かっている。
一人の感情より優先すべきものがある。
リゼリアには申し訳ないが、国と民の未来に引き換えにはできないと思った。
(――リゼリアなら理解してくれる)
リゼリアは賢い。感情より国益を優先できるはずだ。
問題ない。私たちは愛で結ばれた関係ではないのだから。
貴族同士の結婚なんて、利害の一致に他ならない。
その時の私は、リゼリアが何を感じるのかを、一度も考えようとしなかった。
***
婚約破棄を決意した以上、新たな婚約者を選ばなければならない。
ちょうどその頃、聖女が現れたという報告が上がっていた。
光魔法を扱い、とりわけ治癒魔法に優れた者。この国にとっても重要な存在だ。
エレノア・フェルナール。穏やかな人柄で評判も良いと聞く。
王太子妃候補として不足はないだろう。
そうして、私はリゼリアに婚約破棄を告げることになった。
***
婚約破棄から数週間後。
私は新たな婚約者となったエレノアとティータイムを過ごしていた。
エレノアは穏やかで控えめな性格だ。
愛情というほどではない。
だが共にいて不快ではなかった。
静かな時間が流れる中、不意にエレノアが口を開く。
「あの、エドワード様……」
「どうした?」
「リゼリア様のことですが……」
ん? リゼリアに対して罪悪感でも抱いているのだろうか?
「ああ、その件なら気にしなくていい。元より政略だったんだ、状況が変われば判断も変わるものだ」
「いえ、そうではなく……」
エレノアが気に病まないように配慮したつもりだったが……リゼリアとの婚約破棄の件ではないのか?
エレノアは俯き、小さく唇を噛んでいる。なんだか煮え切らない彼女の様子に、俺は首を傾げた。
「……?」
しばらく躊躇った後、彼女は意を決したように口を開いた。
「その、リゼリア様の魔力が……」
だが声は途中で弱くなり、最後まで聞き取れない。
「リゼリアの魔力が?」
問い返すと、エレノアははっとしたように顔を上げた。
そして無理やり微笑む。
「……いえ。やっぱり何でもありません」
「そうか?」
「はい。申し訳ありません」
どこか引っかかるものを感じたが、それ以上追及はしなかった。
後に彼女が何を言おうとしていたのか知ることになるが、それはまだまだ先の話だった。




