14、ユーリ・アデライン③
リゼリアは先を歩いていくユーリを追いかけた。
洞窟を出て少し進んだところで、彼が不意に足を止める。
「ここならいいか」
そう呟き、こちらを振り返る。
「おい、来い」
「は、はい……?」
訳も分からないまま近寄ると、ユーリが当然のように腕を掴む。
「移動するぞ」
次の瞬間、身体がぐいっと引っ張られるような感覚に襲われ、思わず目を閉じる。
風が吹き抜けるような感覚が一瞬だけ身体を包み――。
気づけば景色が変わっていた。
「……え?」
目の前に広がっていたのは、小さな家の中だった。
最低限の家具しかなく、驚くほど簡素だ。生活感もほとんど感じられない。
「ここは……?」
「俺の家だ。さっき言っただろ」
相変わらず面倒そうな返事だった。
けれど聞いたことにはちゃんと答えてくれる。
(……実は優しい人なのかしら)
そんなことを考えていると、ユーリが口を開いた。
「それより、お前名前は?」
「あ、リゼリアです」
「リゼリア……」
ユーリは少し考えるように顎へ手を当てる。
「あー、聞いたことあるな。確か第一王子の婚約者と同じ名前だったか?」
リゼリアの肩がぴくりと揺れた。
(王太子の婚約者ともなれば、名前くらいは聞いたことあるわよね……)
今でも思い出すだけで胸が重くなる。
「その……私です」
「ん?」
「第一王子の婚約者でした」
ユーリが片眉を上げる。
「……でした?」
「婚約破棄されました」
「そうか」
あまりにもあっさりした反応に、リゼリアは思わず目を瞬く。
「……驚かないんですね」
「貴族なんてそんなもんだろ」
そ、それだけ……!?
(もう少し何か言われると思っていたのに)
慰めも同情もない。けれど不思議と嫌な気はしなかった。
婚約破棄を告げられた日から、誰もが魔力の話ばかりだった。
なのにこの人は、それ以上踏み込んでこない。
その距離感が、今の自分には心地いい。
そんなことを考えていると、ユーリが再び口を開く。
「それよりお前、本当に魔力欠乏症か?」
「え?」
「なんか妙なんだよな」
(……どういうこと?)
金色の瞳がじっとこちらを見つめる。
「医師にはそう診断されたんですけど……」
「ふーん」
ユーリは顎に手を当て考え込んでいるようだった。
私の症状は、魔力欠乏症とは違うということなの……?
「やっぱ違和感ある」
「違和感……?」
そしてユーリは何かを思いついたように顔を上げる。
「なあ。調べさせろ」
「え?」
「お前の魔力」
予想外の言葉にリゼリアは目を見開いた。
「し、調べられるんですか……!?」
「わからん」
「わからないんですか!?」
思わず、じとりとユーリのことを見つめる。
だけど彼は気にする様子もなく続けた。
「だから調べるんだろ」
当たり前のように言われてしまった。でも、そっか……わからないから調べる。それだけの話だった。
けれど、もし本当に魔力欠乏症ではないのだとしたら――。
(治療法があるのかもしれない……!)
胸の奥に小さな希望が灯る。
それと同時に疑問も浮かんだ。
「でも、どうしてそこまで……?」
ほとんど初対面だ。どうして自分のために?
するとユーリは目を瞬きながら答える。
「気になるからな」
「……?」
「この俺が、魔法関連でわからないことがあるなんて気持ち悪い」
リゼリアは数秒固まった。
な、なるほど……!!
(この人、完全に魔法オタクだ……!!)
善意じゃない。けれどその方が、今の自分にはありがたかった。
「あと敬語やめろ」
「え?」
「面倒だ」
あっさり言われ、拍子抜けする。でもなんとなく大魔導師に気安く接しるのは気が引ける。
「でも……」
「しばらく一緒に暮らすんだろ」
当たり前のように言われた言葉にリゼリアは目を瞬いた。
家族にも見放され、婚約者にも捨てられた。
そんな自分に向かって、当然のように居場所を示してくれる人がいる。
胸の奥が少しだけ温かくなった。
「……うん」
自然と笑みが溢れていた。
「よろしくね、ユーリ」
「おう」
ぶっきらぼうな返事だった。けれど、その短い言葉が今は妙に嬉しかった。




