幕間「第二王子の場合」(sideクロード)
リゼリアが消えた。
公務を終えて、部屋に戻れば彼女がいるはずだった。
だが自室のどこにも彼女の姿はない。
代わりに部屋にいたのは、王宮侍女だった。
身代わりにでもしたのか、彼女の服を見に纏い眠っている様子だった。
リゼリアがいないという事実だけが頭の中を支配していた。
どこだ、どこにいるんだ……?
何かあったのか、もし彼女の身に何かあったら――。
焦りだけが募っていく、心臓が嫌なほど早鐘を打ち、落ち着かない。
だが、ふと別の考えも頭に浮かんだ。
(もしかして、逃げたのか……?)
その考えが脳裏をよぎった瞬間、胸の奥から自身でも制御出来ないほどの黒い感情が溢れ出す。
無意識のうちに歯を噛み締め、眉間には深い皺が刻まれる。
「リゼリア……」
その名を呼ぶ声だけが部屋に虚しく響く。
何故だ?いや、でも逃げたと決まったわけではない。
ようやくそばにいられるようになった彼女を、誰の目にも晒したくなかった。
だから部屋から出さないようにしていた自覚はある。
彼女に気持ちは伝えたが、この気持ちが俺の一歩通行であることは間違いない。
だからこそ、俺だけを見て欲しくて。
彼女から一度、「庭園に散歩に行きたい」と言われたことがあった。
すぐに許可できなかったのは、誰かに彼女を見られたくないという思いもあったが、魔力が空っぽになった彼女の体調を気遣ってのことだった。
それに、魔力補充は定期的に行い、彼女の望むものは何でも与えた。
もちろん体調にも気を遣うことは欠かさず。
何不自由ない暮らしを用意した。
(不満なんてないはずだ)
今朝までは彼女に変わった様子はなかった。
いつものように笑っていたし、普通に会話もしていた。
それなのに……。
リゼリアが、いない。
胸の奥がずしりと重くなる。
出会った日から、ずっと想っていた。誰よりも大切だった。
ようやく彼女の近くにいられるようになったというのに。
「くそ……っ」
拳を強く握り締めた、その時だった。
不意にあることを思い出す。
――追跡魔法。
万が一に備えて、彼女に施していた魔法だ。
クロードはすぐに魔力を巡らせると微かに反応が返ってきた。
まだ遠くへは行っていないようだった。
その瞬間、胸を締め付けていた不安が、すっと消えた。
代わりに浮かんだのは安堵だった。
「……そうか」
自然と口元が緩む。
大丈夫だ。
まだ間に合う。
リゼリアは、自分の手の届く場所にいる。
「待っていてくれ」
優しく言い聞かせるように呟く。
「今、迎えに行くからな」
***
追跡魔法を頼りに、クロードは王宮騎士たちを率いて森へ向かった。
だが到着した時には、すでにリゼリアは騎士たちから逃げ出していた。
「殿下……! リゼリア様が崖に……!」
「何だと……!?」
騎士がリゼリアが逃走の末、崖から足を踏み外したと叫んでいる。
その瞬間、血の気が引いたが、クロードは反射的に魔法陣を展開しようとした。
しかし、崖下へ落ちていくはずのリゼリアの身体が、ふわりと空中で止まる。
誰かがリゼリアを受け止めている様子だった。
距離があり距離があり顔までは見えなかったが、体格から男であることだけはすぐにわかった。
その瞬間、胸の奥が焼け付くように痛んだ。
「ーーリゼリア!!」
気がつけば、彼女の名を叫んでいた。
「で、殿下……!」
崖の向こうで、リゼリアがこちらを見上げる。
(無事だ……!)
その事実に安堵しかけるが、彼女は怯えているようにも見えた。
「今、そっちに行くからな」
そう言って一歩踏み出した瞬間――目の前から二人が消えた。
「……は?」
理解が追いつかなかった。
やっとの思いで彼女を見つけたというのに、目の前で見失った。
クロードは即座に追跡魔法を辿ろうとするが――。
「……なぜだ」
リゼリアに施した追跡魔法が反応しない。痕跡がなくなっていたのだ。
(追跡魔法が解除されている……?)
ありえない。どういうことなんだ?
あの魔法を解ける者など限られている。
クロードの脳裏に、先ほどリゼリアを抱き止めていた男の姿が浮かび、胸の奥がすうっと冷えていく。
(あの男か)
そして、一つの結論へ辿り着く。リゼリアはあの男に攫われたのかもしれない。
そう考えれば辻褄が合うのだ。
彼女が自ら逃げる理由などない。王宮では何不自由なく暮らしていたし、自分が彼女を傷つけた覚えもない。
常に彼女のことを思って行動してきたのだ。少なくとも、自分ではそうしているつもりだ。
あの男が唆したのか?あるいは脅したのかもしれない。
クロードは拳を握り締めた。
「リゼリア……」
低く呟く。
その瞳には執念にも似た光が宿っていた。
「必ず助け出すからな」
それが、彼女のためだと信じて疑わなかった。
わーヤンデレだー!




