11、白銀の青年
リゼリアは夢中で隠し通路を駆け抜けていた。
こんなにも全力で走ったことなど、今まで一度もない。
横腹は痛み、喉は焼けるように熱い。
息を吸うたび肺が悲鳴を上げているようだった。
それでも、足を止めるわけにはいかなかった。
「はぁ……っ、は……っ」
もはや気力だけで身体を動かしている。
転びそうになりながらも、ただ前へ進み続けた。
すると――。
暗い通路の先に、微かな光が見えた。
(出口だわ……!)
縋るような思いで光へ向かう。
そして次の瞬間、視界が一気に開けた。
眩しい陽光が差し込み、頬を撫でる風に土と草木の匂いが鼻へと通っていく。
王宮の閉ざされた空気とはまるで違う。
目の前に広がっていたのは、深い緑に囲まれた森林だった。
「……っ」
リゼリアは思わず息を呑む。
肺いっぱいに外の空気を吸い込んだ瞬間、涙が滲みそうになった。
(やっと……やっと、外へ出られた……!)
けれど、まだ安心はできない。
クロード殿下が自分を探さないはずがないのだから。
まずは身を隠さなければ。
落ち着いたら仕事を探して、遠くへ逃げる方法を考えないといけない。
(街へ行って馬車を使うべき……?)
そう考えて、すぐに首を振る。
きっとすぐに足がつく。
それに今の自分は侍女服姿だ。街へ出れば逆に目立つ可能性もある。
それなら――。
リゼリアは周囲の森林へ視線を巡らせた。
以前読んだ本によれば、この辺りには果実のなる木や川もあるらしい。
季節は春。
最低限、生き延びることはできるかもしれない。
それに。
(まさか貴族令嬢が森に潜んでいるなんて、思わないわよね……?)
灯台下暗し、という言葉もある。
そう考えた瞬間だった。
ガサ、と近くの茂みが揺れた。
「――いたぞ!!」
鋭い声が森へ響き渡る。
リゼリアの全身から、一気に血の気が引いた。
振り返った先にいたのは――王宮騎士だった。
「っ……!」
混乱するより先に、身体が反射的に駆け出していた。
背後からは騎士たちの声が追ってくる。
「逃がすな!」
「殿下の命令だ!」
その言葉に、心臓が嫌な音を立てた。
(どうして……どうして、こんなに早く……!?)
必死に走り続けた、その時。
足元の地面が、ぐらりと崩れる。
「えっ――」
足を踏み外したと気がついた時には、もう遅かった。
視界が大きく傾き、目の前に広がっていたのは、切り立った崖だった。
(うそ……っ)
身体が宙へ投げ出され、リゼリアは反射的に目を閉じた。
(私……死ぬの!?)
やっと自由になれたと思ったのに。
こんなところで終わるなんて――。
諦めかけた、その瞬間。
いつまで経っても、衝撃は来なかった。
代わりに感じたのは、強い腕に抱き止められる感覚。
「……なぁ、死にたいのか?」
低い声が耳元で響く。
恐る恐る目を開ける。
目の前に映ったのは――。
陽光を反射するような、白銀の髪を持つ青年だった。
やっとこの男を出せた……
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