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魔力を失い婚約破棄された令嬢ですが、執着監禁王子から逃げた先で人生やり直します  作者: ゆにみ


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10/17

10、この先に自由が

 今日は外で公務だと言っていたクロード殿下が、どうしてここにいるの――?


 物陰へ身を潜めたリゼリアは、咄嗟に両手で口元を押さえた。


 息をする音さえ聞かれてしまいそうで怖かった。


 コツ、コツ……。


 静まり返った廊下へ、靴音だけが響いていく。


 一歩、また一歩と、クロード殿下がこちらへ近づいてくるたび、心臓が激しく脈打った。


 (どうか……どうか、見つかりませんように……!)


 鼓動の音が耳に大きく響く。


 ここで見つかれば終わりだ。


 必死に準備してきたことも、覚悟も、全部無駄になってしまう。


 息を潜め、身体を縮こまらせていると、やがてクロード殿下の姿が視界の端を横切った。


 そのまま通り過ぎる――そう思った、その瞬間だった。


 彼の足音がぴたりと止まった。


 (……っ!?)


 全身が強張り、嫌な汗が背中を伝う。


 なんで。


 どうして止まるの。


 早く行って――。

 

 祈るような気持ちで身を縮めるリゼリアとは対照的に、クロード殿下は小さく呟いた。


 「……知っている匂いがする気がする」


 その瞬間、ゾクリと背筋が震えた。


 まるで獲物を探す獣みたいに、彼の赤い瞳が静かに周囲を見渡している。


 「殿下、どうかなさいましたか?」


 側にいた重臣の一人が不思議そうに尋ねる。


 クロード殿下はしばらく黙ったまま視線を巡らせ――やがて静かに目を伏せた。


 「…………いや、なんでもない」


 そして再び、足音が遠ざかっていった。

 その姿が完全に見えなくなった瞬間、リゼリアはようやく息を吐き出す。


 「っ、は……」


 (……もう駄目かと思ったわ)


 震える指先を押さえ込みながら、何度も浅く呼吸を繰り返した。





 一方その頃。


 クロードは歩きながら、僅かに眉を寄せていた。


 先ほど一瞬だけ鼻先を掠めた、甘い香り。


 愛しい彼女のものによく似ていた。

 日々、彼女のことを想いすぎて、自分が彼女を求めすぎているだけなのかもしれない。


 「……気のせい、だろう……」


 そう呟いてみても、胸の奥に残る違和感は消えなかった。




 ***



 リゼリアは息を整えると、ようやく落ち着いた。


 クロード殿下が王宮にいる。

 つまり、自分が部屋を抜け出したことが知られるのも時間の問題だ。


 (急がないと……!)


 立ち上がると同時に、リゼリアは廊下を駆け出した。


 もう、隠し通路まではあと少し。

 なりふり構ってなんかいられない。


 そして、廊下のとある一点でぴたりと足を止めた。

 

 目の前には、一枚の絵画。


 一見すれば、なんの変哲もない廊下だった。


 けれど、それこそが目印。


 リゼリアは絵画の周囲へ手を這わせ、壁を軽く叩いていく。

 そして、わずかに空洞を感じる箇所を見つけた。


 (……ここね)


 リゼリアは迷いなく壁を押すと、重い音と共に隠し扉がゆっくりと開いた。


 現れたのは、薄暗い通路。

 冷たい空気が頬を撫で、不気味なほど静かな場所だった。


 けれど、不思議と怖くはなかった。


 むしろ――。


 (この先に、自由がある……!)


 今のリゼリアには、この暗い道すら希望の光に見えていた。


 そして彼女は迷うことなく、隠し通路の奥へと駆け出していった。




 ***



 一方その頃、公務を終えたクロードは胸騒ぎが止まらなかった。


 先ほど感じた違和感が、どうしても頭から離れなかったのだ。

 

 (早く、彼女に会いたい……)


 すぐさま自室へと向かい、扉を開ける。


 すると、ベッドには愛しい彼女が横たわっていた。


 (眠っているのか?)


 昼間から休んでいるのは珍しいが、体調が優れない日もあるのかもしれない。


 その姿を見た瞬間、張り詰めていた心が少しだけ緩む。


 (……やはり、気のせいだったか)


 クロードは安堵しながら、ゆっくりとベッドへ歩み寄った。


 けれど――。


 近づいた瞬間、強烈な違和感が胸を貫く。


 (……違う)


 これは……彼女の香りじゃない。


 クロードの表情から、すっと笑みが消えた。


 反射的に布団を剥ぎ取る。


 そこにいたのは――。


 愛しい彼女ではなかった。


 「……リゼリア?」


 視界が、ぐらりと揺れる。


 次の瞬間。


 ぞわり、と背筋を何かが這い上がるような感覚と共に、クロードの眉には深い皺が刻まれていた。

お読みいただきありがとうございます!

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