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第95話 静寂に響く、電子の鼓動

 指導者の巨躯が、黄金の粒子に姿を変え、サラサラと溶けていく。その最期の瞬間、彼はロアを、そして背後に立つシオンを静かに見つめていた。  


   怒りでも、憎しみでもない。どこか遠く、ここではない理の外を見つめるような、得も言われぬ表情。    


「……お前たちも、いずれ……。」    


 声にならない唇の動き。それが言葉になる前に、指導者は虹色のノイズへと変わり、虚空へと吸い込まれて消えた。    


 刹那――嵐のように崩壊していた空間が、嘘のように静止する。耳を劈く爆圧は消え失せ、残ったのは自らの激しい鼓動と、頭上から降り注ぐ虹色の定義の海の微かな鳴動音だけだった。


「……ふぅ。……終わった、のか?」


 ラグが腕をだらりと下げ、ドスンと膝を突く。不壊の防壁を解いた彼の赤銅色の肌から、シュゥゥ……と赤い熱と白煙が引いていく。  


「みたい……ですね。……空が、綺麗」


 ノエルが十枚の光の羽を散らし、仰向けに倒れ込んだ。荒い息を吐く彼女の瞳には、徐々に修復され始めた美しい世界のコードが優しく映っている。    


 アルゴスは無言だった。  


 チャキッ……。


 静かに大剣を鞘に納める。赤茶色の髪を揺らす青い雷の余韻に包まれながら、彼は遥か水平線の彼方……守り抜いた村のある方向を見つめていた。  


「シオン……! やったぞ、僕たち――」


 歓喜の声を上げ、ロアが振り返る。半透明なホログラムとして佇むシオンに、バシッとハイタッチをしようと弾むように手を伸ばした。    


 ズッ。    ……ロアの手が、シオンの肩を、そのまま通り抜けた。


「……? え……?」


 感触がない。見れば、シオンの姿全体が激しく掠れていた。古い通信機に映る低画質の映像のようにザザッとノイズが走り、背後の虹色の空が、彼の胸のあたりをくっきりと透かして映し出している。


「ロア。気にする必要はないよ。……ただのリソース不足だ。バグの後始末に、少し使いすぎただけだから」


 シオンが紡ぐ声さえも、どこか遠く、不安定なノイズが混じっている。  


「シオン……。リソースの返還を。演算領域に、深刻なタイムラグが……発生中」


 ナハトの電子音が響く。だが、その声はいつもの平坦な機械音ではなかった。わずかに、だが確かに波打っている。  


「計算、不能。シオン、あなたの波形が……遠い。……声が、聞こえなくなるのは……不快、です」


 エラーを報告するはずの彼女が、論理を超えた言葉を口にした。  


「不快、再定義。……不愉快。シオン。この現象は、論理的ではない……。なぜ、回路が、疼く……?」


 胸を押さえるナハトの動揺を、シオンは淡く、消え入りそうな微笑みで見つめた。  


「……僕の、不快だという演算。不愉快だと感じるのは……あなたが、お掃除屋の側に、ずっと居たからだ。……それで、十分だよ。……ナハト、ロア。世界を……少しだけ、まともにしてくれて……ありがとう」


 シオンの輪郭が、さらに薄く、透明になっていく。  


「シオン! 待て、今直す! 聖葬槌なら、お前を――!!」  


「……よせ、ロア。相変わらず不合理な奴だ」


 ロアの必死な叫びを、シオンは静かに制した。


「その槌は、世界の理を修復するためのものだ。……僕という管理者を弄るための玩具じゃない。管理者が自らアーカイブへ還るのに、他人の手を借りるなんて……これ以上のエラーは、ないからね」


 シオンが最後に見せたのは、機械人形のプログラムなどではない。 ただ一人の少年としての、透明な、美しい涙だった。


(第95話 終わり)


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