第94話 深淵の狂騒、零距離の火花
「......来たか。理の塵として消えるがいい」
バサァッ!!
指導者が漆黒の翼を広げた瞬間、凄惨な摩擦音と共にその姿が時間の隙間へブレて消えた。 直後、モノクロに染め上げられた視界を真っ二つに裂くように、一条の死線が迫り来る。
――ギギィィィィィィィンッッ!!!
降り下ろされた黒剣を、ロアの聖葬槌が真っ向から受け止める。 ガガンッ! と鋼の衝突音が響き、弾け飛んだ火花が眩い黄金の粒子となって猛烈な暴風のように吹き荒れた。だが、剣と槌が拮抗した直後。ザァッ……!と指導者の背後から伸びた無数の影が虚空を裂き、ロアの心臓を一直線に狙う。
「ラグ! 背中を!!」
喉が裂けんばかりの、ロアの絶叫。
ドォォォォンッ!
その声に応えるように踏み込んだラグが、巨大な鋼鉄の盾を叩きつけ、殺意の影を強引に弾き返す。 しかし――バキィィィッ!!
理の枠を越えた黒の圧力が、盾をデータごと粉砕した。破片が虹色のノイズとなって霧散し、ラグの無防備な胸元が白日の下に晒される。
「ぐふっ……!? ハハッ、防御が通じねぇなら……!」
その眼前で、指導者の姿がドロリと黒く溶け、禍々しい棘を帯びた巨躯へと変質していく。
【第二形態:深淵の浸食者】
ズズ……ザザァッ……。
周囲の空間が、砂嵐のような不快なノイズを立てて削り取られていく。
「盾が折れようが、魂が削れようがお構い無しだ!!」
ラグが吠えた。
バキバキバキッ!!
凄絶な骨鳴りが響き渡る。彼の巨躯から紅蓮の陽炎が噴き出し、ジュッ、と空間そのものを焦がすような蒸気が戦場を覆った。
[生存本能:不壊の防壁]
「俺が、……俺こそが盾だあああッ!!!」
ドカカカァッ!!
指導者の狂乱の連撃を剥き出しの肉体で受け止めながらも、ラグは一歩も退かない。真っ赤に白熱した彼の両腕が、指導者の胴体を強引に拘束し、力ずくで固定した。
「させない……諦めない! 私には、まだ力が、命があるはずだあああッ!!」
背後で血を流し倒れていたノエルが、弾かれるように顔を上げる。
キィィィィィィン……ッ!
鼓膜を震わせる清冽な高周波の共鳴音が、戦場を支配した。
パシュゥアアアッ!!
彼女の魂が、白熱の閃光へと昇華する。背中に広がるのは、目も眩むような十枚の光の翼。
【聖天使形態:定義の守護霊】
銀髪が猛烈に波打ち、慈悲なき光の奔流が指導者の黒霧を次々と焼き払っていく。
「……消えろ。剥離すべきは、お前たちという存在だ」
ゴゥンッ……。
突如、重力が逆転したかのような圧。指導者の絶叫と共に、禍々しい黒の聖鎧がガチンッ! とその身を包み込む。背中から巨大な八枚の漆黒の羽がバサリと展開された。
【第三形態:堕天の指導者】
戦場のあらゆる音が、一瞬にして死の静寂へと吸い込まれる。
「……っ、終わり……なのか?」
ロアの視界が霞む。仲間の灯火が、今にも闇に飲み込まれようとした。 その、刹那。
――バリバリバリバリィィィィィィッッ!!!
深淵の静寂を、暴虐的なまでの青白い閃光が粉砕した。
グオォォォォォォォォォォッッ!!!!!
ドォォォォンッ!
大地を砕く爆圧と共に、男が天から舞い降りる。アルゴスだ。巨大な剣に奔るのは、世界を騙す禍々しい紫ではない。真実を白日に晒す、ガベイ家の青白い雷だった。
バラララッ!
雷鳴を纏ったアルゴスの強烈な一閃が、ズバァッ! と指導者の黒鎧に深々と食い込み、絶対防御を強引に引き剥がす。
「……今だ! ロア!!」
脳内を走るナハトの電子音。そして、シオンの透き通った声が重なる。
「指導者の第三形態……コアの防御コード、右下45度から15度!つなぎ目が、一瞬だけ露出する……そこだ……そこをデリートしてえええッ!!」
カチッ、と。 ロアの中で、パズルのピースが完璧に嵌まる感覚。 視界に、金色の理の縫い目が鮮明に浮かび上がる。
「……みんなが作ってくれた、この一瞬を……!絶対に無駄にはしない!!!」
ダンッ!!
大地を蹴り砕き、全身をまばゆい黄金の粒子に包まれたロアが跳んだ。
カリィィィ……ッ!
空間を切り裂きながら、聖葬槌が極限の鳴動を上げる。 槌を短く引いたロアは、指導者の懐へと一気に潜り込んだ。
「お掃除、開始!!」
黄金の槌が、指導者のコアと、その存在の定義を真っ二つに叩き割る。
ピキィィィィィンッ!!
世界を揺るがす崩壊音を響かせ、指導者の身体が光の塵となって弾け飛んだ。
(第94話 終わり)




