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第91話 透き通る指針、再起動の旋律

「……シオン。……シオン、なの?」


 ナハトが、震える手でシオンのホログラムをなぞった。 指先は虚空を通り過ぎ、かつての鮮やかな輝きは、今はもう、向こう側の景色を透かすほどに淡い。


「……ああ。……個体識別名:シオン。……機能低下はしているが、……消滅はしていない。」


 その声は、空洞で響く反響のように遠い。だが、その声に混じっていたはずの無機質さは、今はもう、奇妙なほど温かな響きを持っていた。


「……何という無益な。自らを壊してまで、ゴミを救うとは」


 大教主が冷酷に言い放つ。  


「……希薄化したプログラムに、何ができる。さあ、記録の塵に還れ」


 再び、黒き抹消の鎖が一行へ襲いかかる。


「……させない。……もう、これ以上は!」


 ロアが聖葬槌を振り上げた。 だが、演算支援が途切れた今の槌は、ただの重い鉄塊に戻りかけていた。


「……ロア。……パニックになるな。……僕の声を聞け。」


 シオンの指先が、ロアの持つ聖葬槌にそっと重ねられた。


 感触はない。けれどロアの脳裏に、シオンの演算思考が、濁流となって直接流れ込んできた。


「……同期率(シンクロ効率)、最大。……私の残骸を、直接、……君の感覚へ流し込む。……視るんだ。……大教主の、理の、綻びを!」


 ――ッ。


 瞬きをした瞬間。  ロアの視界が、変容メタモルフォーゼした。

 黒い抹消の鎖が、ただの闇ではなく、無数の不安定なコードの螺旋として浮き上がって見える。    そして。  大教主の胸元、剥離した理が繋ぎ合わされた、唯一の接合部が赤く明滅していた。


「……見えた! あそこなら、直せる!!」


 ロアが駆ける。  


「道は俺が作る!!」


 ラグが、震えが止まった背負い板を盾として構え、黒い鎖の奔流へと突っ込んだ。  肉を裂かれ、装甲を砕かれながらも、彼は一歩も引かない。


「あたしが……補助するわ! 全セクター、ブースト!!」


 ノエルが、ナハトに肩を貸しながら杖を掲げる。吹き荒れる翡翠の風が、ロアの背を押し、大教主の懐へと一気に彼を飛ばした。


「――お掃除、完了だよ、大教主ッ!!!」


 黄金の光が、大教主の接合部を真っ直ぐに撃ち抜いた。


 カチッ。


 世界の綻びが、正しく縫い合わされた音がした。 大教主の身体が、氷の破片のように砕け散り、アーカイブの最深部へと虚しく吸い込まれていく。


「……やった、のか?」


 ラグが膝をつき、荒い息をつく。だが、静寂が訪れたアーカイブで。シオンのホログラムは、先程よりもさらに一段、その密度を薄くしていた。


「シオン!!」


「……ふっ。……いい、お掃除だった。……ロア。」


 シオンの微笑みは、もはや影絵のように儚い。ナハトが、黙ってシオンの傍らに座り込んだ。彼女の紫の瞳には、まだ名前の付かない透明な雫が、一粒だけ、宝石のように浮かんでいた。


「……シオン、次は……次は、私があなたを。……演算(救い)ますから。」


 一行はついに、世界のプログラムが書き換えられた特異点を目の前にしていた。


(第91話 終わり)


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