第78話 翠の牢獄、共鳴する魂の旋律
「……ロア、大丈夫? もう、その黒いの……出さないで」
ノエルが不安そうに、ロアの泥だらけの顔を袖で拭った。
「……うん。ごめんね、ノエル。……なんだか、全部が嫌いになってしまいそうだった」
ロアの瞳から黒いノイズが引き、いつもの少し頼りない、けれど温かな光が戻っていた。だが、その手にある聖葬槌には、依然として深い亀裂が刻まれたままだ。
「……話し合いは終わったか。ならば、その罪深きコード(命)ごと、虚空へと消え去るがいい」
ゼフィロスの声が、空の四方八方から重なり合って響いた。彼が翡翠の翼を天へと掲げた瞬間、周囲の浮遊岩が磁石に吸い寄せられるように集まり始め、ロアたちの周囲360度を囲い込む巨大な岩の球体を作り上げた。
「……展開! 最終防衛システム翠風の牢獄!」
シオンの警告灯が、激しく真っ赤に回転する。
「……外部からの距離を完全に遮断。内部の重力定義は……通常の10倍へと固定。……これは物理攻撃では突破できない!」
「ぐっ、ぅぅ……ッ! 体が……重い……!」
ロアが膝をつきそうになる。 岩の球体内部に充満する翠色の風は、もはや空気ではなく超高密度の質量そのものとなって、ロアたちの全身を押し潰そうとしていた。
「……この牢獄の中では、あらゆる自由が奪われる。……お前たちの質量は、1秒ごとに、岩となって固定されるのだ」
ゼフィロスの姿が、球体の中央に再生する。彼はダメージを負った翼を切り捨て、塔のサーバーから直接エネルギーを供給され、より巨大で無機質な機械の翼へと変貌を遂げていた。
「……あたしが、やるわ!!」
ノエルが、震える足で立ち上がった。彼女は杖を持たず、ただ両手をロアの聖葬槌にかざした。
「……ロア。あたしの魔力を、全部あげる。……あの黒い力じゃない、あたしたちが旅してきた翠の風を、ロアの槌に……!!」
「ノエル……!?」
「……分かるの。あたしはこの塔のプログラムだって言われたけど……だったら、今のあたしはこの塔の不快な命令を拒めるはず。……あたしの意志で、ロアの力を……直してあげる!!」
ノエルの全身から、これまでのどんな魔法よりも澄み渡った、翡翠色の光が溢れ出した。 それは塔の支配する暴力的な風とは正反対の、優しく、けれどどこまでも強固な理の波動。
その光が、ロアの壊れかけた聖葬槌へと流れ込んでいく。槌の亀裂が、翡翠色の魔力で満たされ、溶接されるように塞がっていく。
「……出力……上昇! ……信じられない。ノエルの魔力が、聖葬槌の修復プロトコルと完全に共鳴している!」
シオンが驚愕の声を上げた。
「……これは……ただの修復じゃない。……翠風モードへの、強制アップデートだ!!」
「……いくよ、ロア!!」
「……うんッ!!」
ロアが、翡翠の閃光を放ち始めた聖葬槌を握り直した。10倍の重力が、もはや彼を縛ることはない。 ノエルとの絆が、ロアの槌に空を支配する力を授けていた。
「管理者ゼフィロス!! 勝手な理は……僕たちが、掃除してあげる!!」
(第78話 終わり)




