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第76話 双極の理、拒絶される聖葬の槌

 翡翠の光が視界を埋め尽くした。


 ゼフィロスの振り下ろした剣は、物理的な速さを超越していた。ロアとの距離は10メートル以上あったはず。だが、剣が振り抜かれた瞬間、ゼフィロスはロアの鼻先に存在していた。


「……掃除、させない!!」  


 ロアは反射的に、聖葬槌を盾にするように構えた。これまでの旅で、どんな巨大なバグも、どんな絶望的な汚染も撥ね除けてきた青い輝き。


 だが。


 ガギィィィィィィィィィィィン……ッ!!


 耳を裂くような金属音が響き、ロアの両腕にこれまでの戦闘ではあり得なかったほどの衝撃が走る。  ロアの足元の浮遊岩が耐えきれずに砕け散り、ロアは10メートル以上も後方へと弾き飛ばされた。


「……う、あ……ッ!?」  


 ロアの手の中で、聖葬槌の紅光が激しく明滅し、警告音が鳴り響く。槌のヘッド部分、その強固なはずの修復表面に、一筋の亀裂が走っていた。


「……警告! 聖葬槌のプロトコルが、ターゲットへの干渉を拒絶されています!」


 シオンの悲痛な叫びが響く。 「……相手の権限が、こちらの修復コードを上回っている……! これでは、お掃除どころか触れることさえ……ッ!」


「……ゴミを消すための道具が、ゴミ箱のあるじに勝てると思ったか」  


 ゼフィロスが、翡翠の翼を優雅に羽ばたかせ、ゆっくりと宙に浮き上がった。


「その槌は、ガレンがこの世界の表面を整えるために与えた暫定的なツールに過ぎん。……だが私は、この世界の骨組みそのものを司る管理者だ。……ツールレベルのパッチなど、システムの更新一つで無効化できる」


「ロア!!」  


 ラグが、ノエルを背中に庇いながら走り出す。武器のない彼は、剥き出しの拳を固め、ゼフィロスの死角へと回り込もうとした。


 だが、ゼフィロスは一瞥もくれない。


「……近づくな。……汚れた質量を持つ者よ」


 ゼフィロスが指を弾いた。その瞬間、ラグの目の前の空間が、ぐにゃりと歪んだ。

 たった1歩。1メートルもない距離を踏み出したはずのラグが、次の瞬間には、遥か彼方、雲の向こう側へと追放されていた。


「……が、ぁあああああぁぁッ!?」  


 ラグの叫び声が、遠ざかっていく。ワープではない。ただ、彼とゼフィロスの間の距離の定義が、数キロメートルへと一瞬で書き換えられたのだ。


「……次は、お前だ。欠陥プログラムの娘よ」  


 ゼフィロスがいよいよ、ノエルへとその冷酷な指先を向けた。


「……あたしは、プログラムじゃない。……あたしは、ロアの仲間よ!!」  


 ノエルが、涙を堪えて魔法を展開しようとする。だが、彼女の放つ極大の魔力は、ゼフィロスに触れる直前に質量をゼロに変えられ、ただの微風となって散っていった。


「……空に還れ。……それがお前の、唯一の存在価値だ」


 ゼフィロスの翡翠の剣が、抵抗するノエルを捕獲用のシステム・ケージに閉じ込めようと光を放つ。


「……やめろぉぉぉぉぉ!!」  


 ボロボロになった聖葬槌を握りしめ、ロアが叫ぶ。


 槌の輝きは失われつつある。  信じてきた爺ちゃんの力が、否定されている。  だが、ロアの胸の奥で、まだ燃え続けているものがあった。


(……直すんだ。……ノエルのことも、この壊れた空も。……僕が、直さなきゃいけないんだ!!)


 その強い意志に応えるように。  亀裂の入った聖葬槌から、これまでの紅光とも、水鏡の青とも異なる、不気味で黒い「ノイズ」の光が漏れ出し始めた。


(第76話 終わり)


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