第73話 嵐の洗礼、断裂する空の牙
「ぐ、ぅ……ッ! なんだ、この空気の重さは……!」
ラグが、大地を踏みしめながら低い唸り声を上げた。
標高が上がるにつれ、ただでさえ薄いはずの酸素に反比例し、空気そのものが鋼鉄の塊のような質量を持って一行にのしかかってきた。
これもまた、翠風の塔が発する理の剥離――「重圧」と呼ばれるバグの一端だった。
「ラグ、止まるな! 次のが来るぞ! 仰角15度、距離10メートルだ!」
シオンの警告に合わせて、ロアの聖葬槌が赤く点滅し、死の接近を告げる。
「ノエル!!」
「……分かってる! 大気の固執!!」
ノエルが杖を突き出し、ラグの周囲の空気を無理やり凝縮させて固定する。
透明な空気の膜がラグを覆った瞬間、ラグは武器のない丸太のような両腕を前方に突き出し、力任せにその膜を、見えない刃の方向へと押し流した。
キィィィィィィィィィィィン……ッ!!
火花こそ散らないが、空間が歪むような不快な摩擦音が響き、ロアの鼻先を掠めるはずだった断裂が、ラグの作り出した高圧の気流によってわずかに軌道を逸らされ、背後の浮遊岩を一文字に切り刻んだ。
「……ハァッ、ハァッ……。……おい、これ、あと何キロ続くんだ?」
一歩進むたびに、ラグの額からは滝のような汗が流れ落ちる。敵と殴り合うよりも、この空気の壁を維持して押し通す作業は、遙かに彼の体力を奪っていた。
「……ノエル、顔色が悪いよ。大丈夫?」
ロアが、肩で息をするノエルを心配そうに覗き込む。
「……大、丈夫。……ただ、魔力の消費が、いつもより3倍速いくらい……。ここ、やっぱりおかしいわ。あたしの魔法が、空気に吸い取られてるみたい……」
ノエルの言う通り、彼女の放出する蒼い魔力は、翠色の風に触れた端から霧散し、空の彼方へと吸い込まれていた。まるで、この領域すべてが魔力を燃料とする巨大な機関であるかのように。
「……翠風の塔は、世界の熱を推進力に変え、常に位置を移動し続ける浮遊サーバーだ。……ノエル、お前の魔力制御が乱れているのは、お前のルーツがこの塔の管理コードと共鳴しているせいだろう」
シオンの言葉に、ノエルがビクリと肩を震わせた。
「……あたしの、ルーツ……?」
「……今はまだ語る時期ではない。……だが、見ろ。歓迎の宴が始まるようだぞ」
シオンの示した先――巨大な雲の断崖の向こうから、翠色の装束に身を包んだ、鳥のような翼を持つ人型の影が、十数体も現れた。
「……不浄なる地を歩む者よ。これより先は、空の理を解さぬ者の領域にあらず」
中心に立つ一人が、風の音に負けない鋭い声で言い放った。その手にあるのは、透明な結晶で作られた弓矢。放たれようとしているのは、紛れもない断裂を強制発生させるバグの矢だった。
「理の巡礼者……! こんな高いところにもいるの!?」
「……お掃除の邪魔をするなら、ラグとノエルの代わりに、僕が相手だよ!!」
ロアが聖葬槌を構え、前方へと踏み出す。
空中を滑るように詰めてくる巡礼者たちと、足場を奪われ重圧に耐えるロアたち。
圧倒的に不利な条件下での、天空の戦いが幕を開けた。
(第73話 終わり)




