第71話 黄昏の帰還、繋がれた手の温もり
要塞を包んでいた禍々しい熱波が嘘のように引き、夕暮れ時の村には穏やかな風が吹いていた。
「あ……! 戻ってきた! みんな、戻ってきたよ!!」
村の入り口でずっと見張りをしていた子供たちが、土煙を上げて歩いてくる一行を見つけ、叫び声を上げた。
その声を聞きつけ、真っ先に家から飛び出してきたのはフィオナだった。要塞の外縁で傷ついた村人たちの治療を続けていた彼女は、煙が消えたと同時に門の前での待機を続けていたのだ。
「ロア! ラグ! ……みんな!!」
フィオナはなりふり構わず駆け寄り、一番前を歩いていたロアを抱きしめた。
「よかった……本当に、よかった……! 山が真っ黒な煙に包まれた時は、どうなっちゃうかと思って……」
「ごめんね、フィオナ。ちょっと手強かったけど……ちゃんと掃除してきたよ」
ロアはフィオナの温もりに安堵し、泥だらけの顔でへらりと笑った。
一方、ラグはいつもの自信満々な歩調ではなく、ノエルの肩を借りて一歩一歩踏みしめるように進んでいた。フィオナがラグの姿を見て、息を呑む。
「ラグ……その腕、それに……剣は?」
「……へっ。派手にやられちまったよ。自慢の剣もな」
ラグは、腰の鞘が空っぽになっているのを自嘲気味に見せつけた。
「だが心配すんな。中身はピンピンして……」
「……バカ」
フィオナが、ラグの言葉を遮って、そのまま彼の胸にポスリと頭を預けた。
「……生きてれば、それでいいわ。剣なんて、いくらでも私が用意してあげるから」
「……フィオナ。あんた、そんなキャラだっけか?」
ラグが戸惑いながらも、焼けた右腕で不器用にフィオナの肩を抱き寄せた。夕日に照らされた二人の影が、長く村の地面に伸びていく。
その夜、村ではささやかながらも盛大な祝宴が開かれた。ロアがかつての荒野で約束した通り、食卓には湯気を立てる山盛りの料理、肉の煮込みや、焼きたてのパン、そして新鮮な果物が並んでいた。
「おいひ〜!! やっぱり、お腹ペコペコで食べるごはんは最高だね!」
ロアが頬張る様子を見て、シオンのホログラムが呆れたように、けれどどこか嬉しそうに端末の上で揺れた。
「まったく。あんな死線をくぐり抜けてきた直後にこれほど食欲があるとは、お前の消化プログラムはどうなっているんだ」
「……栄養補給は、生体機能の維持に不可欠。……推奨される行動。……ハム(食べる音)」
ナハトも、修理されたばかりの指先で器用にパンを口に運んでいる。彼女の羽はまだ完全には直っておらず、包帯のような補修テープが痛々しく巻かれていた。
そんな賑やかな喧騒から少し離れたテラスで、ラグは空になった自分の両手を見つめていた。 今までなら、そこに常にあったはずの重みがない。けれど、村の人々が彼にかける
「ありがとう」
という言葉や、隣で笑うフィオナの体温が、失った剣の代わりに彼の心を埋めているような気がしていた。
「……なぁ、シオン」 ラグが、気づけばそばに浮いていたシオンに声をかけた。
「……俺にも、まだできることがあるよな? 剣がなくても、ロアたちの盾になれる方法が」
「……当たり前だ。今の貴様の防御演算は、もはや武具の性能を超えている。それに……次なる目的地『翠風の塔』は、風の理が支配する高高度の領域だ。足腰の強いタンクの存在は、我々にとって不可欠だよ」
「風、か。……また面倒くさそうな場所だな」
「ああ。……風が刃となって人を刻み、空気が重りとなって魂を潰す場所だ。……休息は短くなるぞ」
「上等だ。……今度は、もっと頑丈な盾でも用意しとくさ」
ラグが力強く笑い飛ばす。一方、部屋の隅で、ロアはふと静かになった。
(……ガレン、って。あの溶岩の蛇は、確かにおじいちゃんの名前を呼んだ。シオンは空耳だって言ったけど……)
ロアは首を振って、その思考を一度追い出した。今は、仲間たちと囲むこの食卓の温かさを信じたい。お掃除をして、誰かが笑顔になる。爺ちゃんが教えてくれたことは、絶対に間違いじゃないはずだから。
「……ロア? どうしたの、手が止まってるわよ」
「あ、なんでもないよフィオナ! このお肉、おかわりしていい!?」
「ええ、もちろん! たくさん食べなさい!」
笑い声が、夜の帳が降りた村に響き渡る。
火焔を乗り越えた勇者たちに、ようやく静かな眠りが訪れようとしていた。
(第71話 終わり)




