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第70話 要塞の夜明け、受け継がれる意志

 世界が、白く塗り潰された。


 ロアの放った紫白色の閃光は、要塞の熱を奪い尽くすと同時に、世界のルールを無理やり消去しようとした黒い霧の因果さえも、強引に掃除してのけた。  


 管理システムの拒絶と、掃除屋の意志。  二つの巨大な理が激突し、10秒にも満たない静寂の後、荒野を震わせる咆哮と共に、黒い霧が霧散していく。


「……消えた、のか?」  


 地面に這い蹲ったままのラグが、潤んだ瞳で空を仰いだ。あれほど世界を焼き尽くそうとしていた熱波は消え、代わりに、心地よい微風が荒野を吹き抜けていく。


「……全セクター、強制パージの停止を確認。……要塞のルートサーバー、正常化プロセスを開始」  


 ナハトの声も、どこか安堵したように響いた。彼女の片方の機械羽は完全に焼け落ち、背中からは痛々しく火花が散っている。


「……やった、お掃除……できたんだね」  


 ロアが、ボロボロになった聖葬槌を杖代わりにして、その場にヘナヘナと座り込んだ。槌の紅光は消え、いつもの静かな青色に戻っている。だがそのヘッド部分には、これまでの激闘を物語る無数の細かい傷が刻まれていた。


「……終わったんだな。本当によ」  


 ラグが、ノエルに肩を貸してもらいながら、力なく笑った。  

 彼の分厚い胸板には、消し炭となった大剣の破片がいくつか突き刺さっていた。物理的な武器を失い、死の淵を覗いた戦士の顔は、昨日の彼とは別人のように大人びて見える。


「……ラグ、ごめんね。剣、直しきれなかった」


 ロアが、申し訳なさそうにマグマの中に溶け落ちた大剣の残骸へと視線を落とした。


「……気にすんな。……剣なんてのは、また打てばいい。それより、あの時お前を届けるための『盾』になれた。……それで十分だ」  


 ラグは、火傷の残る大きな手で、優しくロアの頭を撫でた。

 武器がない今の彼に、以前のような傲慢な「俺様」の気配はない。だが、その瞳に宿る静かな光は、これまでのどんな鋼の刃よりも鋭く、そして温かかった。


「……さあ、行こう。みんなが待ってる村へ。……フィオナたちも、きっと首を長くして待ってるはずだぜ」  


 ラグの言葉に、ロアが「うん!」と力強く頷いた。


「……ねぇ、ロア」  


 ノエルが、ふと空の彼方、消え去った黒い霧の残滓を見つめながら口を開いた。


  「さっきの、あの黒いの。……あれって、何だったの?」


「……わかんない。でも、とっても冷たくて……掃除っていうより、全部をゴミ箱に捨てちゃおうっていう、嫌な感じだった」  


 ロアは、自分の槌をギュッと抱きしめた。そして、ふと思い出したように、小さな声で続けた。


「……あと。あの溶岩のヘビが、最後におじいちゃんの名前を呼んだ気がするんだ。……ガレン、って」


 その言葉を聞いた瞬間。 シオンとナハトが、一瞬だけ視線を鋭く交差させた。


「……空耳だろう、ロア。あんな異様なバグの中にいれば、思考が混濁しても無理はない」 


 シオンが、意識的に声音を平坦にして言い切った。


「……それより、今は休養が先決だ。要塞のサーバーが修復されたことで、近隣の村々の熱害も収まるでだろう。……お掃除の甲斐があったというものだ」


「……うん、そうだね。……早く帰って、爺ちゃんにこのこと話してあげたいな」


 ロアが、疲れ果てた顔で、それでも満足げに微笑んだ。


(……この子は、まだ知らない。山小屋が消えていることも……あの黒き霧を差し

 向けている存在たちが、ガレンの名を知っている理由も)  


 シオンは、ホログラムの胸元で秘かに拳を握りしめた。  


 ロアを守るために、自分が消えるその日まで。シオンはこの残酷な世界の真実から、幼い修復者を遠ざけ続けようと心に誓っていた。


 灼熱の地獄だった火焔の要塞に、初めて静かな夜が訪れようとしていた。一行の心には、勝利の喜び以上に、未知なる外側への不気味な予感が、黒い霧の残滓のようにこびりついていた。


 ロアは、消え去った黒い霧の後を、しばらく目で追い続けた。あれは巡礼者の武器だったのか。あるいは、もっと別の……爺ちゃんさえも知っていた、何か大きなものの指の先だったのか。  


 答えは出ない。  ただ、槌の中に微かに残る黒いノイズの感触が、その問いを静かに肯定しているような気がして、ロアは知らず知らずのうちに、槌を胸元に引き寄せていた。


(……麓の村ではフィオナが待っている。早く、帰らなくちゃ)


 ロアは立ち上がり、砂埃で白くなった聖葬槌を、肩に担ぎ直した。


(第70話終わり)


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