第69話 理(ルール)の外、黒き干渉
「……なんだ、これ……っ!?」
ロアが振り下ろそうとした聖葬槌が、空中でピタリと静止した。
彼の足元から噴き出した黒い霧は、物理的な質量を持っているかのように槌のヘッドを絡め取り、その紅き輝きをドロドロとした暗闇で塗り潰そうとしている。
「――ッ! 警告、警告! 全セクター、強制パージプロセスを確認!」
シオンの悲鳴に近いアラートが、ロアの脳内で爆発した。 『これは使徒の力ではない……。もっと上、ゼニスすら超えた「上位階層」からの強制アクセスだ!』
「上位階層……? 何それ、シオン!?」
「……バグが拡大しすぎた領域を、世界ごと「切り捨てる」ための消去プログラムだ! あいつら、修復じゃなく、この要塞ごと消失させて「なかったこと」にしようとしてるんだ!」
シオンの言葉を裏付けるように、炎の蛇と化していた熱の使徒までもが、その黒い霧に巻かれて苦悶の声を上げていた。
「……ガ、ガレ……様……(ノイズ)……私は、まだ……。あ、ああああああああっ!!」
絶対的な熱を誇ったはずの使徒の巨躯が、黒い霧に触れた端から、まるで紙が燃え尽きるように無へと還っていく。
(……今、おじいちゃんの名前が聞こえたような……?)
ロアが、一瞬だけ槌を握る手を緩めかけた。
「……ロア、集中しろ! 霧が来るぞ!!」
シオンの鋭い叱咤が、ロアの心に芽生えた小さな疑問を力任せに吹き飛ばした。迷っている暇はない。今は、目の前の黒い意思を叩き潰すのが先だ。
「……あいつ、自分たちの仲間まで消そうとしてるのかよ……!」
凍結と火傷でボロボロになりながらも、ラグが這い蹲るようにロアを見上げた。
「……虫ケラも、掃除人も、管理プログラムも……。バグが混じれば、全部等しくゴミとして消去する……。それが、この世界の本当の理だってのかよ……!」
ラグの言葉には、スラムで見捨てられてきた日々と同じ、冷徹な世界への絶望が混じっていた。 だが、ロアは違った。 黒い霧に槌を抑え込まれながらも、その瞳にはこれまで以上に強い怒りの炎が宿っていた。
「……そんなの、お掃除じゃない!!」
ロアが、動かないはずの槌の柄を、ミシミシと音を立てて握りしめる。
「ゴミだからって、全部なかったことにするなんて……。そんなの、ただの意地悪だ! 汚れたなら直せばいいし、壊れたならまた作ればいいんだ! 爺ちゃんは、いつだってそうして僕に道具を直してくれたんだ!!」
ロアの純粋な意志が、槌の中に眠る未知の領域を叩いた。
「シオン、ナハト! 手伝って! こんな真っ黒なの……僕が全部、掃除してやるんだから!!」
「……ハハッ、言ってくれる!」
シオンが、ノイズまじりの笑声を上げた。
「ナハト! 残りの全演算リソースを解放しろ! 管理者権限をこの黒い霧にぶち当てて、0.5秒だけ穴を開ける!」
「了解。……システム・オーバーロードを承認。……ガレン・コード、強制ロード」
ナハトの背後に浮かぶ折れ曲がった機械羽が、青白い過負荷の光を放ち、霧の中へと光の杭として打ち込まれた。
「ノエル、ラグ! 3秒だけ、僕を支えて!!」
ロアの叫びに、ノエルが最後の魔力を振り絞ってラグの背中を押し、ラグがその凍りついた肉体をバネにして、ロアの背を思い切り突き上げた。
「ぶち抜け、ロアぁぁぁぁっ!!」
全員の力が、ロアの一撃に集束する。黒い霧が激しく波打ち、一瞬、その中心にあるシステムの脆弱点(バグの心臓)が露出した。
紅い火焔の光。 青い修復の光。 そして、それらが混ざり合い、これまでにない紫白色の閃光が聖葬槌を包み込む。
ドンッ――!!!!
音ではない。世界の更新を告げるような、静かで、圧倒的な衝撃が要塞を駆け抜けた。
(第69話 終わり)




