第68話 凍てつく覚悟、要塞を繋ぐ鎖
「……ノエル! やれッ!」
ラグの野太い吼え声が、灼熱の空気を震わせた。
「でも……! そんなことしたら、ラグの身体が……!」
ノエルの持つ杖が、激しく震えていた。彼女がこれから放とうとしているのは、敵を倒すための魔法ではない。仲間の肉体を絶対零度の氷壁へと変え、熱を吸い取るための触媒にするという、文字通りの自傷行為への加担だった。
「いいから、やれってんだ! ……ロアを、あいつの懐まで届けんだろ!!」
ラグの瞳に宿る、真っ直ぐな意志。
ノエルは奥歯を噛み締め、涙を振り払うように杖を大地に突き立てた。
「……永久凍土の戒め(エターナル・ペナルティ)ッ!!!」
パキィィィィィィィィィィィィン……ッ!!!!
次の瞬間、ラグの足元から、この世のものとは思えない極低温の冷気が爆発した。
荒野に溢れていたマグマが、ラグの肉体を起点として、10メートル四方に渡って一瞬で黒い岩盤へと固まっていく。
「……ぐ、ぅ、あ、ああああああああっ!!」
ラグの喉から、押し殺したような絶叫が漏れた。
彼の屈強な筋肉が、瞬時に白く霜をまとい、血管が凍りつくような激痛が全身を駆け抜ける。数千度の外熱と絶対零度の内冷。その矛盾する二つの極地が、ラグという一つの肉体の中でせめぎ合っていた。
「ラグ……!」 ロアが駆け寄ろうとするが、シオンの声がそれを制止した。
「行け、ロア! あの筋肉ダルマが意識を保っていられるのは、持ってあと10秒だ! ……足場があるうちに、奴の心臓部へ肉薄しろ!」
「……うんッ!」
ロアは聖葬槌を握りしめ、黒く固まった岩盤を、飛ぶような速さで駆け抜けた。
「……馬鹿な。自らを凍らせてまで道を繋ぐか、虫ケラ共が!」
炎の蛇が咆哮し、巨大な尾をロアに向かって振り下ろす。だが、その尾がロアに触れる直前。
「……させ、ねぇ……よ!!」
全身を凍り付かせ、片膝をついたままのラグが、動かないはずの左腕でその巨大な尾の先を――素手で鷲掴みにした。
ジ、ジュゥゥゥゥゥゥッ!!
衣服が焼け、肉が焦げる激痛。だが、ノエルの魔法による内側からの冷気が、ラグの肉体が溶け落ちるのを辛うじて食い止める。
「……いけ……ロア……ッ!!」
「ありがとう、ラグ!!」
ロアはラグの腕をバネにするように跳躍した。目前には、炎の蛇の喉元で赤黒く脈動する、要塞の管理コア(バグの根源)が露出していた。
ロアの聖葬槌は、先ほどの排熱を完了し、再び紅い静かな光を宿し始めている。
「――排熱率98パーセント。火焔モード、再バースト可能! 」
シオンのシステム音が、ロアの意識にダイレクトに響く。
「……消えろ、消えろ消えろぉぉぉっ!!」
使徒が狂ったように炎を噴き出すが、ロアの槌はその熱を、再び貪欲に吸い取り始めた。
「……ラグの、痛みを、全部吸い取っちゃえ!!」
ロアが渾身の力で、紅い光に包まれた槌を振り下ろす。
だがその時。 使徒の蛇の影から、不気味な声ではない、電子的なノイズが溢れ出した。
「……ターゲット、ガレン・バックアップ・オブジェクトを確認。……強制隔離プロセスを開始」
「え……?」
ロアの耳に、聞き覚えのない、冷徹な声が届いた。それはシオンのものでも、ナハトのものでもない。
次の瞬間、ロアの足元から、マグマとは異なる黒い霧のようなものが噴き出し、ロアを包み込もうと立ち上がった。
(第68話 終わり)




