第66話 設計される反撃、迫り来る熔解
「……シオン、本気なの?」
岩陰に潜みながら、ノエルが驚きと不安の混じった声で尋ねた。
「本気以外の何に見える。……ナハト、演算リソースの30パーセントを、ロアの聖葬槌への「新規エミュレート・パッチ」のコンパイルに回せ」
「了解。バックグラウンドにて並列処理を開始」
シオンのホログラムが、これまでにないほど激しく明滅し、緻密なコードの連なりを岩壁に投影していた。
「奴の能力は運動エネルギーを熱に変換するという一方的な理だ。ならば、その変換プロセスそのものに干渉し、逆に熱エネルギーを運動へと再変換すれば、奴の領域は最大の燃料供給源に変わる」
「熱を、力に変える……?」
ロアが、自分の手の中にある重い槌を見つめた。
「そうだ。名付けて火焔モード。お前のハンマーが、奴の出す熱を吸い取り、それを強力な一撃へと置換する。……だが、これには極めて精密なタイミング制御と、なにより……盾が必要だ」
シオンの視線が、膝を抱えて座り込んだままのラグへと向けられた。
ラグは、先ほど再生されたばかりの自分の右手を、虚ろな目で見守っている。
「……盾なら、俺様がやってやるよ」
ラグが、低く濁った声で言った。
「だがな……シオン。今の俺には、あいつの熱を弾き飛ばす剣がねえ。丸腰で突っ込んで、肉ごと溶かされてみろってのか?」
「……臆病風に吹かれたか、筋肉ダルマ。剣がなければ何もできんというのは、貴様の「強さ」がその程度の道具に依存していたという証明だな」
「なんだと……ッ!」
ラグが立ち上がろうとするが、足に力が入らず、無様に岩肌に手をついた。
「ラグ、無理しちゃダメだよ!」
ロアが咄嗟に支えようとするが、ラグはその手を、微かな拒絶と共に振り払った。
「……悪いな、ロア。今は、そのお掃除槌を見るのも……正直、少しキツいんだ」
物理を否定し、何もかもを溶かして解決する「剝離」の力。
ロアの力があれば、いつかあのバグも消せるのかもしれない。だが、今のラグには、自分のアイデンティティであった大剣を一瞬で失った喪失感が、何よりも冷たい恐怖となって心に巣食っていた。
「……見つけたぞ、鼠共」
突如として、岩山の向こう側から空気が震えるような不気味な声が響いた。
ドロリ、ドロリ
岩が溶けて泥になる不快な音が近づいてくる。
「っ、もう追いついてきたの!? まだ10分も経ってないのに!」
ノエルが杖を構えるが、周囲の岩壁はすでに真っ赤に染まり始め、触れることすら躊躇われるほどの放射熱を放っている。
「逃げても無駄だ。俺の身体から溢れる熱のバグは、この要塞全域の大地と繋がっている。貴様らがどこにいようと、足元の温度変化で手に取るように分かる」
姿を現したのは、依然としてその全身を燃え盛る岩漿で包んだ、熱の使徒だった。
「ククク。……そこの戦士はどうした? 剣をなくして、もう牙の抜けた犬になったか」
「……ッ」 ラグの身体が、屈辱に震える。
「ノエル、ラグ! ここは僕が……!」
「待て、ロア! パッチの転送完了まで、あと60秒必要だ!今奴に不用意に近づけば、お前の槌すらコンパイル未完了のまま溶解されるぞ!」
シオンの警告が飛ぶ。
「そんなの待ってられないよ! あいつが来ちゃう!」
使徒がゆっくりと腕を掲げる。 その手のひらから、マグマの奔流が巨大な槍のような形となって凝縮されていった。
「溶けて消えろ。不完全な理の塵共よ」
放たれた超高熱のマグマ・スピアが、大気を爆ぜさせながらロアたちへ向かって殺到する。 回避は間に合わない。ノエルの障壁も、あの熱量を防ぎきることは不可能だ。
その時。 「……ッ、畜生がぁぁっ!!」
武器もないまま、ラグがその巨躯を投げ出すように、ロアたちの前に躍り出た。 彼は盾代わりにするものもなく、ただ無骨な両腕を交差し、身を挺してマグマの直撃を受け止めようとしたのだ。
「ラグ、やめて!!」
轟音。 凄まじい熱波が一行を襲い――だが。
「……あ?」 ラグは、自分の身体が炭化していないことに驚き、目を見開いた。
彼の目の前には、いつの間にかナハトが展開した、薄紫色の正多面体のシールドが展開されていた。
「……ダメージコントロール不可能。防壁リソースの全損を承知。……3秒間だけ、熱量を遮断する」
ナハトの背負った機械羽が、過負荷によってバチバチと火花を散らしている。
「……今だ! コンパイル終了! ロア、ハンマーを奴の下っ面に叩き込め!」
シオンの咆哮が、ロアの聖葬槌に青と赤の逆巻く光となって流れ込んだ。
(第66話 終わり)




