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第63話 焦燥の荒野、火焔の要塞へ

「あっつい……! なんだか、急に気温が上がってない!?」  


水鏡の神殿を後にし、次なる四大基幹への座標を歩むロアが、まとわりつく熱気にたまらず上着の襟をパタパタと煽いだ。

 神殿のあった清涼な湖水地帯とは打って変わり、彼らの目の前には赤茶けた荒野が広がっていた。空には黒い火山灰のような微粒子が薄くかかり、地平線の先には不気味に赤く明滅する巨大な火山帯


 ――あるいは超巨大な溶鉱炉のような建造物のシルエットが浮かび上がっている。


「……生体反応レベル低下。水分補給を推奨する。次なる四大基幹、ルートサーバー・コードネーム火焔かえんの要塞への接近を確認」  


ナハトの無機質な声が、ロアの耳元で警告音のように響く。


「火焔の要塞かぁ。そりゃ暑いわけだね。爺ちゃんがよくストーブの近くに燃えやすいものを置くなって言ってたけど、世界ごとストーブになってるみたいだ」


「……比喩が貧困だな。ここは本来、世界全体の熱エネルギー分配と物質の燃焼上限を管理する領域だ。これほど外縁部まで高熱が漏れ出しているということは、内部のバグは先の水鏡の神殿以上だろう」  


 シオンがホログラムで現れ、冷ややかな視線を荒野へと送る。


「……死の瘴気によって無限の加熱のコードが走っていると推測される。放っておけば、大陸一つが丸ごと焼き尽くされるぞ」


「そんなの絶対ダメだ。急いでお掃除しに行こう!」


 ロアは新しくアップデートされたばかりの聖葬槌……水鏡モードの青いクリスタル部分を撫でながら、力強く頷いた。


「……ッ」  


 しかしその時、後方を歩いていたラグが、不意に短く舌打ちをした。


「どうしたの、ラグ?」  


 ノエルが心配そうに振り返る。ラグの顔には、ただ暑いだけではない、脂汗のようなものがべっとりと張り付いており、彼の巨躯から微かに焦燥感が立ち上っていた。


「……いや、なんでもねえ。ただ……血の匂いがすんなって思っただけだ」  


 ラグは愛用の大剣の柄を、ギリッと音が鳴るほど強く握りしめた。  

 その目は、遠くに見える真っ赤な山ではなく、何か自分の中にこびりついた過去の光景を睨みつけているようだった。

(……強くなきゃ、自分が壊れる。……奪われるのが嫌なら、テメェが奪う側に回るしかねえ……)  


 スラムでの飢餓。傭兵時代の血生臭い裏切り。理不尽に命が散っていくあの熱気と焦げた肉の匂いが、この荒野の熱風と奇妙にリンクしてラグの脳裏をかすめる。


「ラグ。もし体調が悪いなら、僕が荷物を持つよ?」  


 ロアが何の警戒も裏表もない、真っ直ぐな瞳でラグを見上げる。


「馬鹿野郎。前衛の俺が子供に荷物持たせてどーすんだ」  


 ラグは無理やりニヤリと笑って、ロアの頭をガシガシと乱暴に撫で回した。


「心配すんな。ちょっと昔の、嫌な戦場を思い出しただけだ。……あのチート野郎どもをぶっ飛ばせば、気も晴れるだろ」


「……論理的思考の欠如だな。敵の能力が未知数である以上、無策で突っ込めば「気」より先に「肉体」が炭化する」  


 シオンが辛辣に突っ込む。


「へっ、その時は元・神様のお前がどうにかしてくれりゃいいだろ。頼りにしてるぜ、お姫様」


「……誰がお姫様だ。貴様、その大口を溶岩で塞がれたいらしいな」


 相変わらずのシオンとラグの口喧嘩に、ロアとノエルが苦笑いする。だが、その軽口の裏で、ラグの拳が微かに震えていたことに気づいた者は、ナハトの精緻なセンサー以外にはいなかった。

 一行が荒野の谷間へ差し掛かろうとした、その時だった。


「……お止まりなさい、忌まわしき異端者たちよ」


 熱風を切り裂くように、厳格な声が降ってきた。見上げると、岩山の真上に十数人の影が立っていた。彼らは水鏡の神殿で出会ったような文官風の司祭ではなく、全身を分厚く焦げたような赤い甲冑で包んだ理の巡礼者・武装異端審問部隊だった。


「……っ、待ち伏せか!」  


 ノエルが即座に杖を構え、周囲の熱気を奪うように冷気の障壁を展開する。

 先頭に立つ部隊長らしき男が、顔を覆うバイザーの奥からロアたちを冷徹に見下ろした。


「水鏡の派閥が堕とされたと聞き、急行してみれば……やはり世界の法則ルールを乱すバグの集合体め」


「バグじゃない! 僕は世界を直すためにお掃除してるんだ!」  


 ロアが聖葬槌を前に構え、言い返す。


「直す、だと? 笑止」  


 部隊長の声には、単なる敵意以上の、深い憎悪と恐れ」が入り混じっていた。


「貴様らの言う修復とは、世界の法則を勝手に変異させる冒涜だ! 


「これ以上、世界が変わってたまるか。これ以上……理不尽に失われることに怯える日々に、逆戻りしてたまるものか!」


 その絶叫には、狂信だけではない、過去の大きな悲劇に裏打ちされた真痛な響きがあった。  彼ら


 理の巡礼者もまた、かつてバグによって何かを理不尽に奪われ、二度と変化しない絶対の理にすがりついた弱き人間たちなのだ。

 しかし、その同情の余地を断ち切るかのように。


「……うるせえよ」  


 ラグが、低く、押し殺したような声で一歩前に出た。


「変化が怖いだの、失うのが怖いだの……。そんなもん、テメェが弱いからビビッてるだけだろうが」  


 ラグの瞳に、明らかな怒りと、自嘲に近い暗い炎が宿る。


「守りてえモンがあるなら……ごちゃごちゃ言ってねえで、腕力ちからでねじ伏せてみろ!!」

 ラグがこれまでにない凶暴な咆哮を上げ、巨大な大剣を猛然と振りかぶった。


(第63話 終わり)


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